49. 頼りがい
梯子を掛け、下からウィルフレド殿下が抱えるように押し上げ、上からレオさまと私が引っ張り、そうしてお姉さまはなんとか洞窟にたどり着いた。
上がったときには、お姉さまは両手を地面について、肩で息をしていた。
「お姉さま、やっぱりまだ足が……」
心配はしていたけれど、無理をさせ過ぎてしまったのだろうか。捻挫がひどくなっていなければいいけれど。
「え、ええ……足は……大丈夫」
荒れた息でお姉さまがそう答える。そうは言うけれど、足がガクガクと震えている。
「違う」
しかしレオさまが横から口を出してきた。
そちらに振り向くと、レオさまはお姉さまを指差して冷静な声で言う。
「これが、普通だ」
「え?」
「普通の令嬢は、こうなると思う」
お姉さまは気まずげに目を逸らし、ウィルフレド殿下は一つうなずいた。
うん? どういうことですか。
私が戸惑っているのがわかったのか、レオさまは続けた。
「こんなに高い位置まで登るなんてことは普通ない。足場がしっかりしたところならともかく、梯子だ。高所に恐怖心が湧くのも致し方ない」
「えっ。お姉さま、怖かったんですか?」
「す、少しよ。ほんの少し」
声を震わせながら、お姉さまは言う。
これは、少しどころじゃなかったっぽい。
そうか、高いところが怖くて震えているのか……。
「そもそも、どうやってこの洞窟を見つけたんだ?」
レオさまが首を傾げて言う。
下からは見えない。誰からも見つからない秘密の場所。その疑問は当然と言えた。
「そこに大きな木があるでしょう」
私が洞窟の外を指差すと、皆がそちらに顔を向けた。
森の中でもひときわ堂々とした大きな木。それが洞窟の正面のずっと向こう側の位置に生えている。
「あの木に登ったときに洞窟が見えたんです」
レオさまはその木をしばし見つめてから、私のほうに振り返って口を開いた。
「なぜ木に登った」
「登りたかったから」
「意味がわからない」
「見たらわかります」
登りたくなる木なんです。レオさまも近くで見たら絶対、登りたいって言うと思います。
「それはそれとして」
あっ、話を逸らされた。
「ウィル、アマーリア嬢、私はここでしばらくしのげると思うが、どうだ」
「ああ、おあつらえ向きの感じがするな。なにやら誰かが所有している秘密基地のようだし」
ウィルフレド殿下は洞窟内の様子を見て苦笑しつつ、そう言う。
「ええ、わたくしも、登りさえすれば」
お姉さまもうなずく。
「しかし一日中、ここにいるわけにもいかないだろう。……その……、厠……の問題もあるし。アマーリア嬢が楽に上り下りできるようにしないと」
確かに。それは大問題だ。
「とはいえ、この梯子くらいは上り下りできるようにはなって欲しい」
「わたくし、大丈夫です。がんばります」
お姉さまは決意を秘めたような声で、両手をぐっと握り締めて言う。
私にとっては梯子の上り下りはさして苦痛ではないけれど、お姉さまにしてみたら、すごい覚悟が必要なんだろうな。
するとウィルフレド殿下がお姉さまを見つめて言った。
「大丈夫だ、アマーリア。私も協力する」
「はい。ウィルフレドさまがいらしてくれたら、わたくし、なんでもできる気がします」
あ、そうですか。それはよかったです。
レオさまは一つため息をつくと、洞窟の外に視線をやった。
「しかし、梯子を掛けたままだと、ここに誰かいることがわかってしまうな」
「引き入れられないか」
レオさまとウィルフレド殿下で、外にある梯子に手を掛け、洞窟の中に引っ張り入れようとする。
天井に端が当たったり、重みに引きずられそうになったりしながらなんとか引き入れるけれど、少し端が洞窟から出てしまった。それにここまでの作業は、男二人だ。ウィルフレド殿下とお姉さまでは難しいのではないだろうか。
「縄梯子でも持ってくるか」
「縄梯子?」
私が首を傾げると、レオさまはうなずいて、両手を動かしながら説明した。
「縄梯子なら簡単に中に入れられる。降りるときは下ろす。登ったら引き入れる」
「でも縄梯子だったら、引っ掛けるところが必要ですよ」
洞窟の中を見渡す。とはいえ、見渡すほどの広さもなくて、すぐにどこにも縄梯子の端を結ぶようなものはないとわかる。
「杭でも打ち込むか」
「はあ」
そうか、縄梯子か。お姉さま大丈夫かな。
レオさまは顎に手を当てて梯子を眺めてしばらく考え込んでから、口を開いた。
「梯子が畳めたらいいんだが。この高さの半分くらいならこの中に持ち込めるだろう。引き入れるのにコツがいるかもしれないが、そのほうが登りやすいだろうし」
なんと。それ、いいではないですか。
「そうしましょう、折り畳み、いいじゃないですか。作りましょうよ」
私が勢い込んでそう言うと、レオさまは半目になって私を見つめてきた。
「……この件が終わってからも、自分で使うつもりだろう」
「毎回、崖を登るのって、けっこう大変なので」
「そもそも崖を登ろうっていう発想がおかしい」
「だからここが見つからないんでしょう」
「まあそうか」
レオさまはあっさりと納得すると、ウィルフレド殿下とお姉さまのほうに振り返った。
「ひとまず今日のところは、ここで過ごしてもらう。問題点も浮き彫りになったし、また一つずつ考えていこう」
その言葉に、二人はうなずく。
そのあと崖を、私とレオさまとウィルフレド殿下で下りると、荷馬車から荷物を降ろす。
「崖を登る練習もしたいし、あとは私たち二人でやる。今日は本当にありがとう」
ウィルフレド殿下がそう言ったので、あとは二人に任せることにした。
「梯子の問題もあるし、明日はまた来る」
「ああ、感謝する」
そうして私たちは荷馬車に乗り込んで、その場を後にする。
二人でまたカッポカッポと揺られながら、森を出て屋敷への帰り道を行く。
レオさまはふっと息を吐くと言った。
「なんとかなりそうだな。梯子の問題もそうだが、帰って他にも対策を練らないと」
「そうですね」
「プリシラが秘密基地なんて作る令嬢で助かったな」
レオさまは苦笑しながらそんなことを言った。
「私は、レオさまが頼りがいがあって助かりました」
私がそう言うと、レオさまは虚を突かれたように黙り込み、そして少しして「それならよかった」とつぶやいた。




