48. 秘密基地
荷馬車で森の中を進む。森とはいっても、みっちり木が密集している感じではなく、そこそこ間が空いているし平坦なので、荷馬車が進むのに障害はさほどない。
コルテス領は緑豊かな地ではないので、便宜上領民たちは、うっそうと木々が繁るこの狭い限られた空間を森と呼んでいるのだ。
「轍や馬蹄の跡があるな」
御者台から身を乗り出して地面を見たレオさまがそう言う。
「子どもたちが遊びに入ったりしますし、大人たちもときどき。木漏れ日が気持ちいいですしね」
「人通りはあるということか」
「でもまったく誰も入らないところに私たちが入ると、それはそれで目立ちますよ」
「そう言われるとそうか」
カッポカッポと荷馬車は進む。木々の間から降り注ぐ陽の光が心地良くて眠くなってしまいそうだ。
「ウィル。アマーリア嬢。顔を出してもいいぞ」
その声に反応して、荷馬車の後ろでゴソゴソと音がした。
「まあ、久しぶりだわ」
お姉さまがはしゃいだ声を出して、ちょっと嬉しくなる。幼いころは、お姉さまもこの森に立ち入ったりはしていたのだ。
淑女教育をみっちり受けていたお姉さまは、歳を重ねるにつれ足が遠のいてしまったから、懐かしくも思うのだろう。
「確かに、こういう森の中だと見つかりにくいかな」
「けれど、逆に重点的に探す場所でもあると思う」
「そうだな、でもそこはプリシラ嬢を信じるよ」
レオさまとウィルフレド殿下がそんなことを話し合っている。
気持ちのいい風景と心地良い空気。そのおかげで皆、少し緊張がほぐれたようだ。
それからしばらく進んだところで、私は馬を止める。
「着きました」
私がそう言うと、三人は辺りを見渡している。そして、首を傾げた。
「着いた?」
「はい、ここです」
「は?」
三人は、疑問に思ったのだろう、こわごわとした様子で荷馬車から降りた。私もぴょんと飛び降りると手近な木に馬を繋ぐ。
「こことは?」
レオさまが周りに視線を動かしながらそう問うてくる。
目の前には大きな崖がそびえ立っている。その他の三方を森に囲まれた場所。
一見すると、なにもないように見えるだろう。
「この上に、あるんです」
私は崖を指差す。
すると三人は、ああ、と息を吐いた。
「じゃあ上に行かないと。上に行く道はどこだ?」
「いえ、道じゃなくて、ここから」
「は?」
「むしろ、上からは行けないと思います」
「え?」
三人はきょろきょろと辺りを見渡したり、崖の上を見たりしている。
どうやら本当に見えないらしい。よかったよかった。
「崖の途中に、小さな洞窟があるんです。その前が少し出っ張っていて、下からは穴が見えないんです」
私はその出っ張りを指差す。三人はそこを見上げた。
レオさまは首を上に向けて目を凝らす。
「……確かによく見ると、出っ張りは……あるな」
「はい」
それから私に向かっておずおずと言う。どうやら嫌な予感がしている模様です。
「その……どうやって、上がるんだ? 梯子は持ってきているが」
「お姉さまは仕方ないですけど、お二人は崖をよじ登るほうがいいと思います。梯子が見つかるとまずいですし」
今度こそ、三人は黙り込んでしまった。
そんなに意外かなあ。まあ意外なほうがいいですしね。
「見ていてください」
私は、ワンピースの裾を絞って、軽く縛る。
それを見たレオさまが慌てたように言う。
「おい」
「足を掛ける場所とか、よく見ておいてくださいよ」
「えっ」
「では、行きます」
私は呆然と立ち尽くす三人を尻目に、崖に手を掛けた。
「まずはここに手を掛けて、それで右足をここに」
そう解説しながら、崖をよじ登る。
どうやら我に返ったらしいレオさまが、大声を出した。
「ちょっ、ちょっと待て!」
「はい?」
私は崖に張り付いたまま、振り返る。
レオさまは慌てた様子で、ウィルフレド殿下を両手で押していた。
「ウィル、ウィルは後ろに下がれ!」
「えっ、ああ」
押されたウィルフレド殿下は素直に下がっている。レオさまもそれについていき、そして改めてこちらを見上げてきた。
「もういいですかー」
「あ、ああ」
「じゃあ続けますねー」
私は引き続き、解説をしながら崖を登る。登ると言っても、せいぜい私二人分くらいの高さしかない。到着するとよじよじと洞窟の中に入り、振り返って下を覗き込むと、三人に向かって手を振った。
するとレオさまが大きく息を吐いていた。慣れてるから大丈夫なのに、心配してくれたんだな。優しい。
「私が先に登る。ウィルは梯子を使って、アマーリア嬢をなんとか上に連れて行ってくれ」
「わかった」
私が難なく登ったことで、これはできそうだと思ったのではないだろうか。レオさまは、私の上からの指示に従い、割とあっさりと登ってきた。
洞窟の中に入ったレオさまは、安堵の息を吐いてそこに座り込む。
「言われないとわからないが、確かに登れないこともなかった。ちょうどいいところに手を掛けたり足を置いたりする出っ張りがあったな」
「削ったり掘ったりして、ちょっと調整しました」
「なるほど」
口の端を上げて小さく笑うと、レオさまは洞窟の中を見渡した。
「うん、快適ではなさそうだが、何日かなら過ごせそうじゃないか」
立ち上がると頭をぶつけるくらいの高さ。奥行きはこの洞窟の高さと同じように、私二人分くらい。
洞窟の床には板が敷かれていて、その上に厚めの布が被せられている。クッションも二つ、置いてある。
「……これは、プリシラが?」
「はい。小さめの板を何回も運んだんですよ。そのときはさすがに梯子を使いました」
洞窟の床をレオさまはしばらくじっと見つめていたけれど、少しして、ははっと声を出して笑った。
「楽しそうだな」
「楽しいですよ」
「そうか」
レオさまは肩の力を抜くと、背中を洞窟の壁にあずけ、片膝を立ててくつろいだ様子で、また笑った。




