45. 味方
私たちは、お姉さまたちが最初に通された応接室に向かう。内密の話をするときにも使われる部屋だから、もうついでにここを会議室にしてしまおう、ということだろう。
クロエさんが私たちが応接室に向かっているのを見て、「お茶をお持ちします」とだけ言って去って行った。
クロエさんって、いつ寝ているんだろう。特に今は、ウィルフレド殿下とお姉さまのことを他の人に広めるわけにもいかないから、一人で動いていることが多いみたいだし、大変だろうと思う。
レオさまと私は、向かい合って腰掛ける。すると彼はゆっくりと口を開いた。
「プリシラが望むようにはできないかもしれないぞ」
少し不安そうな感情が、声に滲む。つまり、確たる作戦はまだないということだろう。
「はい」
「勝算があるわけでもない」
「でも、少しはあるから、やろうと思われたんですよね」
私がそう言うと、レオさまは小さく笑った。
レオさまは私と違って、まったくの考えなしじゃない。きっとわずかな望みを見出しているんだ。
「少しだぞ」
「少しでも十分です」
私の言葉にレオさまは口の端を上げる。
「そうか」
「作戦会議なんですよね。皆で話し合ったらきっと、確率は上がります」
「頼もしいな」
そう言って、ははっと笑ったところで、応接室の扉がノックされた。
クロエさんが手に紅茶の載った盆を持って入ってくる。それを見ながら私は思う。
皆で話し合うと言ったけれど、その場合、クロエさんは入るんだろうか。
クロエさんは、ウィルフレド殿下とお姉さまを匿うことに賛同はしていない。昨日口添えしたところを見ても、ただ言われたことだけをこなす、という侍女でないことは明らかだ。レオさまのことを子どものように溺愛しているみたいに見えるけれど、だからといって、なんでもハイハイ聞くようにも思えない。
そもそもクロエさんにとっての主人とは、レオさまなんだろうか。それとも、国王陛下をはじめとする王家なんだろうか。今はレオさまについてきているけれど、王城に勤める侍女たちを束ねる侍女頭だし、名目上はもちろん、王家に仕えているはずだけれど。
「失礼いたします」
クロエさんは紅茶を私たちの前にそれぞれ置いていく。置き終わって身体を起こしたところで、レオさまは言った。
「クロエ」
「なんでございましょう」
「ウィルとアマーリア嬢を匿おうと思う」
サクッと言ってしまった。
クロエさんはゆっくりとレオさまのほうに振り向き、信じられないものを見る目つきをしている。
私はただ、そのなりゆきを見守るだけだ。
「……それは、アマーリアさまが動けるようになるまで、とか、そういう意味でしょうか」
「いや。二人が安全に過ごせるまで」
目を見開いて口を半開きにした驚愕の表情で、クロエさんはレオさまをただ見つめている。レオさまは黙ったまま、クロエさんを見返していた。
「な……なぜでしょうか」
少しして口からそう漏れさせると、ちらりと私を見てから、またレオさまを見据えた。
「理由をお聞かせ願えますでしょうか。まさか、情に流されましたか」
「いや。私個人の考えだ」
レオさまははっきりとそう言った。
「彼らを匿うことに、なんの利点が? 不利益しかないように思われますが」
クロエさんは気を取り直したのか、背筋を伸ばしてそう問う。
それはそうだろう。お姉さまの身内である私は、お姉さまのためにと思うけれど、そうでない人間にとっては、国外逃亡してきた二人を匿うことは害悪にしかならないように思える。
「そうだろうか?」
けれどレオさまはそう返した。
クロエさんは眉根を寄せる。
「と仰いますと」
「私は、二人を切り捨てることによる不利益は、あると思う」
「たとえば」
「プリシラ。アマーリア嬢は、この子爵領において、どういう立ち位置だった?」
「えっ」
急に話を振られて、二人の視線が集まってきて、それでもなにか言わないととあわあわと答える。
「姉は、女神のような扱いでした」
「女神」
「それはまた……」
そこまでとは思っていなかったらしく、二人は絶句している。
「この辺りでは姉のような風貌の人ってあんまりいないので、崇拝というか、そんな感じで……」
よからぬことを企む男性もいたけれど、一般の領民からは、だいたいそんな感じだった。お姉さまに手を合わせて拝んでいるのを見たこともある。
キラキラしい貴族の方々を見慣れているレオさまやクロエさんはそうでもないのだろうけれど、ここら辺では違うのだ。
「なるほど」
「まあ女神は言い過ぎとしてもだ」
気を取り直したように一つ咳払いをしてから、レオさまは言う。
「この子爵領で過ごすようになってから思ったんだが、領主と領民は非常に密接な関係性を築いているように思う」
そういえば私が蒼玉の発見者である子どもたちと親しいという話をしたとき、『領民との関係は良好という証拠だ』と言っていた。
「コルテス子爵家の人間を切り捨てた場合、たとえそうと知らされなくとも、領民たちはどう思うだろうか? 下手を打てば、アマーリア嬢はキルシーで処刑される。その事実は隠されないだろう。王太子に仇なした悪女である第二王子の妃を処刑したと大々的に知らせるのではないか? それを知った領民たちはどう思う?」
「それは……」
クロエさんは言い淀んだ。
「『なぜ助けてくれなかったのか』」
私はそう口に出す。
「だってコルテス領の人たちは、お姉さまが悪女だなんて思ってない。なんらかの政治的な陰謀に巻き込まれたと思うに決まっている。セイラスの王子であるレオカディオ殿下がまったく絡んでないだなんて思わない」
本当のところはどうなるかはわからないけれど、私は懸命にレオさまの言葉を補足する。
レオさまは、クロエさんを味方に付けようとしている。
だったら私も一枚噛まないといけないでしょう。
レオさまはさらに畳みかける。
「いずれ私は、このコルテス領を任される」
「え、ええ」
「目の前で誰かを切り捨てた私に、誠心誠意尽くそうという領民はいるだろうか」
「それは……」
「私は私のために、彼らを助けようと思う」
「で、でも……」
「それに」
レオさまは身体を起こし、胸に手を当て、悲し気に眉尻を下げて、クロエさんに向かって言った。
「それに私は、邪魔なものを切り捨てていくだなんて、そんな生き方はしたくないんだ」
うわあ。
意識的に全力で、キラッキラし始めましたね。王子という職業、ここに極まれり。
レオさま、自分が溺愛されていること、わかっているんだなあ。




