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4. 夜会

 夜会に出席している殿方という殿方が、お姉さまのほうに振り返る。

 憧れるような熱っぽい眼差しで、ぼうっとお姉さまの動きを目で追う。

 そして殿方の隣にいる女性たちが眉根を寄せて肘で脇腹をつつくまで、皆がほぼほぼ同じ動きで、逆に感心してしまう。


 私たち家族は、夜会が開催される広間に案内され、数多の招待客と同じようにそこにいた。

 お姉さまの美貌に視線は集まるが、だからといって特別な扱いを受けるわけでもない。


 しかしたまには探りを入れてくる人もいる。


「これはこれは、コルテス卿」

「ああ、御無沙汰しております」

「実は小耳に挟んだのですが」

「ほう? なんでしょう」

「今宵の主役はそちらの令嬢ではと噂されていますが?」

「はは、主役だなどと恐れ多い。もちろんレオカディオ殿下が主役にございましょう」


 お父さまはさすがに顔見知りがいくらかはいるらしく、そんな風に話し掛けられては、それなりに躱している。

 どうやらお姉さまが第三王子と婚約するのではと推測はされているようなのだが、まだ確信は持てない、といった状況らしかった。


 結局、王城に到着して事ここに至るまで婚約話は普通に進んでいるのか、特に変わったことはない。

 入城して、宿泊する部屋に案内され、夜会の準備を行い、そして今、広間にいる。

 もし婚約話が白紙になるだなんてことになったら、もっとバタバタするんじゃないかという気がする。


 やっぱり驚かせたいだけなんじゃないかなあ、と私は思った。

 実は第三王子が婚約なさいますーお相手はこの美女ですーおおー、って感じで。


 その証拠に、第三王子の婚約者となるのであろうお姉さまには、ドレスも装飾品もすべて用意されていた。

 ドレスも手早く細かな補正が入れられて、髪も見たことがないくらいに繊細に編み込んで結い上げられて、高価な化粧品で顔を彩られた。

 その準備の間、お針子さんや侍女たちがお姉さまの周りに群がり、私からはお姉さまはちっとも見えないくらいだった。

 そしてすべてが終わって周りにいた人々がいなくなって現れたお姉さまは、いつも以上に輝いていた。


 これはすごい、と素直に感嘆した。

 ついでに私もしてもらいたかった。そんなことはやっぱりなくて、残念で仕方ない。


 そんなわけで、婚約話が流れるのではという心配は杞憂だったようだ。


 ただ、第三王子殿下とは、未だ対面を果たしていない。


「申し訳ありません、本来ならば夜会前に謁見をしてしかるべきなのでしょうが、お時間がご用意できませんでした。明日、国王陛下、王妃殿下、王子殿下との会食の準備を進めておりますので、その際に挨拶したいとの思し召しです」


 やはりセイラス王国の頂点に立つ方々というものは、お忙しいものらしい。

 そしてお姉さまはいずれその一員に加わる、ということなのだろう。


 ちら、と隣に立つお姉さまを窺う。

 数多くの麗しいご婦人たちがこの広間に集まっているが、それでもお姉さまはその中で輝きを放っていた。

 きっと王家の方々の中に入っても見劣りしないんじゃないかと思う。それは少し誇らしい。


「お姉さま、少し休みましょう」

「そうね」


 私の提案に、お姉さまは素直にうなずいた。

 私たちは二人並んで、壁の花と化す。


「このような大きな夜会に出席などしたことがないから、少し気後れしてしまうわ」


 苦笑しながらお姉さまはそんなことを言う。


「けれどお姉さま、お姉さまはこれからいくらでもこんな夜会に出席なさるのですから、きっとすぐ慣れます」

「そうだといいけれど」


 これから第三王子の妃となるお姉さまは、もしかしたらもっともっと規模の大きな舞踏会やら晩餐会やらに参加することになるのだろう。

 そのとき、私は傍にいられるのだろうか。

 いやきっと、いられない。


 お姉さまがいくら王子妃となろうとも、やっぱり私は田舎の弱小貴族の娘という立場からは動かないのではないだろうか。

 コルテス子爵家の家長たるお父さまはある程度の恩恵は受けるだろう。領地にだってそれなりに変化はあるだろう。


 でもきっと、私自身には何の変化もない。

 あの領地の屋敷からお姉さまがいなくなること以外には。


「お姉さま」


 私は少しだけ、隣に立つお姉さまに身体を寄せた。


「私、少し、寂しい」

「まあ、プリシラ」


 くすくすと笑いながらお姉さまが私の肩に手を回した。

 そして小さく囁く。


「わたくしはいつだって、プリシラの姉よ。どんな立場になったって、わたくしはそのことを忘れたりしないわ。だからプリシラも、いつまでもわたくしの可愛い妹でいて」

「……はい」


 お姉さまは優しい。

 今言ったことは、間違いなくお姉さまの本音であるだろう。

 けれどこれから私たちは、大きな波に揉まれてしまって、その基本的なことを忘れてしまうこともあるのかもしれない。

 でも今日のこの言葉をいつでも思い出せるように、心の片隅に置いておこう、と思う。


 そのとき、広間によく通る声が響き渡った。


「国王陛下、王妃殿下、並びに第三王子殿下のお成りです!」


 ざわめいていた広間が、一瞬にして、しんと静まり返った。

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