38. 内密の話
簡単な視察を終え、また馬車に乗り込む。
レオさまは少し不機嫌な様子だ。採掘場でなにか面白くないことでも聞いたかな。余計なことを言って機嫌を損ねてもいけないから、黙っておこう。
そうしてしばらく馬車の中では、ガタゴトという車輪の音だけが聞こえていたのだけれど。
少しして、レオさまはぼそりと言った。
「格好いい男がたくさんいたな」
「はい?」
いたかなあ。いや、かっこいいと言えばかっこいいのかな。
私はあの場にいた人を思い浮かべながら首をひねる。
というか、今なんでその話題なんだろう。
「なんだ、その反応は」
レオさまは眉をひそめてそう言った。
む。いっぱいいましたね、って言って欲しかったのかな。でも私基準では、いっぱいはいなかった。
「ちなみに、レオさまの『格好いい』基準はどこですか?」
「え? そりゃあ、大きくて頼もしい男だろう」
ああ、なるほど。ベルナルディノ王太子殿下が基準なんですね。斧が似合いそうで、肉にかぶりついていそうな人。
もしかして、レオさまは自分の外見が嫌いなのかな。王女に生まれたら美女だっただろうって感じの、王子さま然とした外見が。
そういえば、ベルナルディノ殿下みたいになりたいって言っていた。
「私はですね、レオさま」
「え?」
「シュッとした人が素敵だと思います」
けれどレオさまは首を傾げた。
「なんだその、シュッとした、という表現は」
「シュッとした、はシュッとした、ですよ」
「シュッ、ってなんだ」
「シュッ、ですよ」
両腕を前に出して手を広げて向かい合わせて、それを上から下にさっと動かす。
レオさまがさらに首をひねったので、私はもう一度、「シュッ」と言いながら、腕を動かした。
「わからない……」
手で顔半分を隠して、深くため息をついている。
これ以上は、説明しないでおこう。
レオさまみたいな人がシュッとした人で、そういう人が素敵だと思う、というのを口にするのは、なんだか恥ずかしいですからね。
◇
屋敷に戻る途中、馬車は少し道を外れた。
「この先の丘の上に離宮が建てられる予定だ。行ってみよう」
そう言われて、私はうなずく。
行ってみればそこは、当然だけれど荒涼とした風景でしかなかった。
丘の上に杭が何本も打ち込まれていて、それに沿って縄が張り巡らされている。ここが王家の持ち物で、この中に離宮が建てられるということだろう。
「まだまだですね」
「そうだな」
杭は、目を凝らさないと見えないところにも打ち込まれている。
私は感嘆のため息をつきながら、言う。
「はー、さっすが王家、広い離宮を作るつもりなんですねえ」
レオさまは呆れたような視線を私に移してきた。
「ずいぶん他人事だな。プリシラもこちらに住むんだぞ」
「えっ」
「そのうちな。では帰ろう」
そう言って踵を返したので、私は慌ててそのあとをついていく。
レオさまの背中を見ながら思う。
そうか。
私、本当にこの人のところに嫁ぐんだ。それで同じところで生活するんだ。
夫婦になるんだ。
なんだか今一つピンとこないけれど、こうして少しずつ、実感というものが湧いてくるのだろうか。
うん。それは、悪くない。
◇
屋敷に到着すると、もう辺りは暗くなっていた。
中に入るとクロエさんが玄関ホールで待ち構えていて、頭を下げてくる。
「お帰りなさいませ。ところでレオカディオ殿下、お耳に入れたいことが」
「なんだ」
出迎えの挨拶もそこそこに、ずいぶん焦っている様子だ。クロエさんらしくない。なんだろう。
「どうぞこちらに。指示をいただきたいのです」
クロエさんはレオさまの斜め前に立ち、先を促す。
何があったんだろう。厄介ごとかな。大したことじゃなければいいけれど。
そんなことを思ってそのままそこに佇んでいた私のほうに振り返り、クロエさんは言った。
「プリシラさまも、どうぞご一緒に」
「えっ、私も」
「はい、お願いします」
レオさまと私は顔を見合わせる。
周りには、今日の視察についてきた衛兵や従者たちもいる。ここで口を開かないということは、内密の話なのかもしれない。
クロエさんが急ぎ足で歩き始めたので、私たちもついていく。
なんだろう。レオさまと私と二人で呼ばれたということは、婚約に関するなにかかな。
内密の話ということは、めでたい話じゃない気がする。
まさか。
ここに来て破談になるなんてことはないよね?
いや、でも、ありえない話でもないのかな。王家の言うことに逆らうわけにもいかないし。
いやいや、公式に発表されたのだから、まさかそんな。
そんなことをぐるぐると考えていたら、胸がぎゅっと押さえつけられるような感覚がしてきた。苦しい。息が上手くできない。
破談は、嫌だな。
私は明確に、そう、思った。
◇
クロエさんが向かった先は、応接室だった。
けれど、一番広い応接室ではなく、どちらかというと控室として使っている部屋だ。
王家に関係する人が来たのならば、こちらに通されるのはおかしい。
いや。ここは普通の応接室よりも手狭で奥まっているだけに、内密の話を行うときにも使われる。
まさか。
クロエさんが扉の前に立ち、ノックした。
「はい」
中から男の人の声がする。
あれ。なんだか、聞いたことがあるような声だ。
クロエさんが扉を開け、脇に控える。
レオさまが先に入り、私も恐る恐る足を踏み入れた。
「えっ」
来客用のソファに座っているのは、褐色の肌の黒髪の美丈夫。
キルシーの第二王子、ウィルフレド殿下。
そして彼が大事そうに腕の中に抱えている、白い布のかたまり。
その布は、ビクリと震えたかと思うと、こちらに向きを変える。その拍子に、はらりとプラチナブロンドの髪が一房、落ちてきた。
「お姉さま!」
頭から布をすっぽりと被るようにして、こちらを琥珀色の瞳で見つめてきたのは、間違いなく。
キルシーに嫁いでいったはずの、お姉さまだった。




