37. 宴会の提案
レオさまは小さく息を吐くと、今度は本当に柔らかな笑みを浮かべて言った。
「こちらの採掘場は、特に大きな揉め事もなく順調に進んでいると聞いている。君たちの働きには期待しているよ」
そのときちょうど、ふわっとした穏やかな風が吹いて、レオさまの金の髪をなびかせた。陽の光を受けて、金髪はキラキラと輝く。
うわっ、眩しい。風が味方した。
さきほどまでレオさまに好奇の視線を向けていた男たちは、舌打ちをしながらも、逆らう気持ちは完全に失ってしまったらしく、一歩下がった。
今いかにも、特別な人です感が出てたもの。たぶん、歯向かったら消されるって思ったんだ。怖い。
「責任者は」
レオさまの少し張った声に、転がるように出てきた人がいる。
「レオカディオ殿下、失礼いたしました。彼らには私から言い聞かせますので」
ペコペコと頭を下げながら、そんなことを言う。消されることを恐れているのかもしれない。
「度が過ぎなければそれでいい。案内を」
「はっ、はいっ」
そうしてレオさまは現場を案内され始めた。深く掘られた穴、そこかしこに置いてある円匙や笊などの用具。作業員たちのための天幕。その他諸々。
採掘現場の穴の中には今日は入らないらしい。もしかしたら後ろをついて歩く私がいるからかもしれない。
「お嬢、お嬢」
ひそやかな声で呼び掛けられて、私は振り向く。
地下に向けて掘られた穴のうちの一つから、縁に片腕を掛けて逆の腕を振りながら、こちらを見ている人がいた。
ホセさんだ。作業員たちの中でも大きな人で、最初のころはこの人が現場を取りまとめていた。
私がそちらに歩み寄ると、ホセさんはニッと笑って言った。
「婚約おめでとう」
「ありがとう」
「祝杯しようぜ」
言うと思った。
「飲みませんよ。私、これでも王子妃になるんですからね、節度が求められているんです」
腰に手を当て、胸を張って、得意げに言ってみる。
王子妃だよ、まいったか。
しかしホセさんは意に介さないようで、軽く肩をすくめた。
「なんだよ、固いこと言うなよ」
「そっちが柔らかすぎるんですよ」
「前は飲んだじゃねえか」
「一口だけですよ」
以前、通りかかったときに酒盛りしていたから、勧められて一口だけ飲んだ。
もしかして、王城の管理下に置かれてからは、あまり飲めなくなったのかな。いいことだ。
「プリシラ」
声を掛けられて振り向くと、レオさまは険しい顔をしてこちらに大股でやってきていた。
私の前に立ち止まると、レオさまはこれみよがしにため息をつきながら言う。
「勝手に動くな」
「すみません」
「なあなあ、王子さま」
この場の空気をまったく読まない人は、私たちを見上げて言った。
「たまには宴会をさせてくれねえかなあ」
「宴会?」
レオさまは眉根を寄せて訊き返す。
「そうだよ、城からいろんなヤツが来てからは、全然飲めなくてさあ。俺らみたいなのは、酒が明日の活力なんだよ。皆、ブーブー言ってるぜ」
「あ、この方、以前こちらを取りまとめていた方で」
私が横からそう補足すると、ああ、とレオさまはうなずいた。
「ホセといったか。話は聞いている」
「おっ」
名前を呼ばれたことで、ホセさんはちょっと驚いた様子だった。嬉しそうでもあった。そして親近感も湧いたらしく、続けた。
「なあ、頼むよ」
「君たちは、昼から飲んだりしていたのだろう? それは事故にも繋がる。作業もはかどらない。禁止されるのも致し方ないのではないか?」
「そりゃ、まあ……」
頭を掻きながらホセさんは言った。前に私が飲んだときは、夕方だったから仕事が終わってから飲んでいたのかと思っていた。それは怒られても仕方ないですね。
レオさまは、目を逸らしたホセさんを見ると、ふっと笑って言った。
「では、定期的にこちらが場を用意することを考えよう」
「マジかよ!」
ホセさんは喜色満面の様子で言った。
場を用意する。つまり酒代が出る。彼らにしてみれば、けっこうなご褒美なのかな。
「だが、君たちの働き方次第では、また禁止に逆戻りだ」
「大丈夫、大丈夫、俺に任せとけって」
「安請け合いだな」
苦笑しながらレオさまは言う。
でもここまでスルスルと話が進んだのは、もしかして最初からその構想はあったのかもしれない。
「そのときは、王子さまも一緒に飲もうぜ」
「いや、私は……」
レオさまは慌てて手を立てて前に出した。
そしてちらりとこちらを見た。
ああ……記憶をなくしたばかりですもんね……。飲みたくないかもしれませんね。
「……機会があれば」
レオさまは本当にそう思ったかどうかは知らないけれど、ひとまずそう返していた。
「面白くなってきたぜ。じゃあまたな!」
言うが早いか、ホセさんは穴の中に入って行った。たぶん、穴の中にいる人たちにこのことを伝えるのだろう。
「一緒に飲むんですか?」
隣のレオさまを見上げて首を傾げると、口の端を上げた。
「まあ、そんな機会があるかどうかはわからないが」
そうですね。
ここにいる荒くれ者たちの中にレオさまが混じっているのって、ちょっと想像がつかないです。
それに、コルテス領にやってきてから、レオさまがお酒を口にしているのを見たことがない。
あんなことがあったから、もう、飲まないのかな。
もしもう一回飲ませてみたら、また嬉しいことを言ってくれるのかな。
それだったら、宴会に参加させるように積極的に動いてみることに、やぶさかではないですよ。




