35. 子どもたち
屋敷がレオさま仕様に変わり始めている間、レオさまと私がなにをしていたかというと、領内の視察に回ったりしていた。主に採掘現場だ。
小回りのきく小さ目の馬車に向かい合って座っていると、馬車の揺れのせいでときどき膝が触れそうになって、お互いぱっと足を動かしたりする。
「あ、すまない」
「いえ」
馬車の中って軽く密室だから、どうにも気まずい。
とはいえ、馬車の周りは衛兵ががっちり守っているので、本当に二人きりってわけではないんですけどね。
今は、一番大きな採掘現場に向かっている。
窓の外に視線をやると、この馬車を見る人々が好奇の目を向けているのがわかった。
まあ、これだけがっちり守っていれば、この馬車の中にいるのが、領主の娘の婚約者であるところの第三王子だというのは、簡単に予測がつきますからね。
「そもそもが、子どもたちが蒼玉を見つけたのだと聞いているが」
ふいに話し掛けられて、慌てて顔を上げる。
「あ、はい、そうです。川で」
領地に流れる浅い川で遊んでいた子どもたちが、その近くの森にいた私に報告しにきたのだ。
「報告書ではよくわからなかったんだが」
「はい」
「子どもたちが君に……」
そこまで言いかけて私の視線に気付いたのか、咳払いをして続ける。
「プリシラに報告したんだな?」
「そうですよ」
「それでプリシラが見に行って」
「はい、本当に蒼玉っぽかったので、父に報告しました」
「プリシラに知らせたというのは、近くにいたということか? 屋敷からは離れていると思うのだが」
「近くに森があるんです。遊び場の」
「遊び場」
「はい、遊び場」
私の返事を聞くと、レオさまは目と目の間を指で揉んだ。
「プリシラは、日常的にその森に立ち入っているのか?」
「そうですね」
「……そうか」
「はい」
レオさまはそれ以上はなにも言わなかった。言いたいことがあれば言ってもいいんですけどね。
気を取り直すように、レオさまは深く座席に座り直して、口を開く。
「子どもたちは、プリシラを領主の娘として認識していたんだな」
「はい、よく話をするんですよ」
「そのおかげで、子爵にすぐに話が通って良かった。領民との関係は良好という証拠だな」
ある日、森に向かおうと馬に乗っていたら、子どもたちがこちらに手を振りながら駆けてきたのだ。子どもたちは私に手の中を見せながら言った。
「お嬢さまの目の色と同じだよ!」
広げられた手の中を見ると、キラキラと輝く小さな青い石があった。よく見ないとわからないくらいの小さな石だった。
けれど私も貴族の端くれ。これは蒼玉ではないかと思ったわけだ。
間違っていたら皆が笑って終わったのだろうけれど、本当に蒼玉だった、ということで大騒ぎになったのだ。
その川に行ってみたい、とレオさまが言うので、御者に伝えて向かう。
行ってみると、おあつらえ向きに子どもたちが遊んでいた。
「あー、お嬢さま!」
こちらに手を振るので、振り返す。
馬車を降り、二人で並んでそちらに向かって歩いた。
「発見者か」
「そうですね」
レオさまにはそう答えたけれど、本当の第一発見者は誰かはわからない。あの中の誰かだろうということで、子どもたちの家にはそれなりにお礼をしたと聞いている。
こちらに駆けてきていた子どもたちが、ふいに足を止める。
そして身を寄せ合った。
ああ、無駄にキラキラした人がいるからですね。ここらへんにはいない系統の人なので、恐れおののいているんですね。
でもレオさまも、このコルテス領に馴染まないといけないのではないのかな。
なので私は手をちょいちょいと動かして、彼らを呼んだ。
「大丈夫大丈夫、怖くないよ。王子さまだよー」
隣でレオさまが、ばっとこちらに振り向いた。
「まさか私が怖いのか?」
「他に誰がいるんですか」
私がそう言うと、レオさまは顔の半分に手を当てて、はーっと息を吐いた。
「まあ……彼らにしてみれば、よそ者だからな」
「すぐ馴れますよ」
呼ばれた子どもたちは、恐る恐るといった体で、こちらに近付いて来た。
しばらく、珍獣を見るような目でレオさまをじっと見つめて、そして一人が口を開いた。
「……王子さま?」
レオさまはその質問に応えるように、その場にしゃがんで言った。
「第三王子のレオカディオだ。よろしく頼む」
それを聞いた子どもたちは、私にいっせいに顔を向ける。
私は深くうなずいた。
すると子どもたちは、しばらくお互いの顔を見合わせたあと。
「すげえー!」
同時に叫んだ。
レオさまはその声に驚いたのか、少し身を引いていた。
「本物だー!」
「自慢しよう!」
「母ちゃんが会いたいって言ってた!」
ぴょんぴょん飛び跳ねながら、子どもたちが口々にそんなことを言っている。
レオさまが無礼だとか言い出さないかとひやひやして見ていたけれど、温かな眼差しで彼らを見ていたので、ほっと安堵の息を吐く。
「お前たちが蒼玉……青い石を見つけてくれたんだな」
「そうだよ」
「でも最近は、見つからなくてつまんない」
「だって先におじさんたちが取っちゃうんだもん」
「獲っちゃう?」
レオさまが眉根を寄せる。なので私はひらひらと手を振って言った。
「あ、盗難じゃないですよ。ちゃんと王城の管理下にありますし」
「ああ、おじさん……か」
王城から派遣された衛兵や作業者のことだとわかったらしい。
その人たちがワサワサやってきたから、川に流れ出たものも彼らにほとんど浚われてしまっているのだ。
「お嬢さまの目の色みたいで綺麗だったのになー」
一人の子がそう言った。
あっ、これは、蒼玉発言を思い出してしまうのでは。
子どもたちの話を聞くレオさまに視線を移そうとして、でも私は首を動かすことを止めた。
その言葉を聞いてどう反応するのか、見るのは少し怖かった。




