31. 庭園
ふと疑問が湧いたので、レオさまに訊いてみた。
さっきどこかから帰ってきた、という可能性もあるけれど。
「王太子殿下は、昨日も城内にいらしたんですか」
「そうだろうな」
歩みを止めることなくまっすぐに前を向いたまま、事もなげにそう返してくるけれど、だとすると、ちょっとおかしいような気がする。
「なのに夜会には来られなかったんですね」
わざわざ顔を見に来るのなら、そのほうが早い。私はてっきり、昨夜は公務かなにかで城内にはいらっしゃらないのかと思っていた。
そういうことかと、レオさまは一つうなずく。
「私たち兄弟が揃うことは、ほとんどない」
「えっ」
「万が一襲撃されたときには、分散していたほうがいいだろう。王位継承権が高位の者は、なるべく揃わないようにしている」
「そう、なんですか……」
レオさまの誕生日だったのに。
「じゃあ、フェルナンド王子殿下も」
「フェル兄上は今は、家族でエイゼン王国に外遊に出ている。昨夜フェル兄上が出席していなかったのは単純に、城内にいなかったからだな」
レオさまはなにも特別なことはない、という顔をしている。彼にとっては、それはいたって普通のことで日常なんだろう。
コルテス家では誕生日は特別なもので、何をさておいても、いつも家族が揃っていた。それは別にコルテス家だけのことではないと思う。
やっぱり王家の方々は、普通とは違う暮らしをしていらっしゃるんだなあ、なんてことを考えた。
私も王子妃になったら、いろいろ変わっていくのかな。
それとも、コルテス領に移り住む、レオさまのほうが変わるのかな。
◇
しばらく歩くと、エントランスホールのような場所に出た。
王城に入場したときの入り口とはまた違うところだ。
大きな両開きの扉があるここが、庭園へと続く場所なのだろう。
「お気に召していただけるといいのだが」
そう言いながらも、レオさまは私が喜ぶことを確信するかのように微笑んでいる。
あっ、また自慢げな顔だ。
つまり、王城ご自慢の庭園ということなのだろう。
扉を守っていた衛兵が二人、私たちの姿を見ると中央に歩み寄りドアノブに手を掛け、ゆっくりと両側に開いていく。扉の真ん中から、徐々に陽光が入ってくる。
演出しますねえ。
レオさまは一歩前に出ると、私のほうに振り返り、そして手のひらで庭園を指し示した。
「どうぞ」
その柔らかな声に誘われるように、私は前に踏み出す。
開ききった扉の向こうに、その庭園は広がっていた。
緑が眩しくて、何度か瞬きをする。
「わあっ……」
植えられた庭木は全体的に背の低い木が多くて、開放感があった。
芝生が一面に敷かれ、花壇が至るところに配置されている。その花壇にはガーベラやパンジーなどの色とりどりの花が幾何学模様を描くように植えられていて目を楽しませてくれた。
庭園の中央には三段の噴水があって、陽の光を受けてきらきらと輝いている。
「綺麗ですね」
「だろう?」
「どの方向から見ても、美しゅうございますよ」
控えていたクロエさんがそう言う。その声にも、誇らしげな響きが含まれていた。
「どうぞ中ほどにお進みください」
言われて庭園の中央に向かって歩いて行く。
するとそこには、小さな白いテーブルセットが置いてあった。脇には侍女が二人いて、そばに給仕台もあり、その上にはティーセットがある。
「お茶会といこう」
レオさまがそう言って、椅子に腰掛ける。私もその正面に用意された椅子に座った。
「えと、いつでもお茶会ができるようにしているんですか」
「まさか」
そう言ってレオさまは笑う。
クロエさんが口を開いた。
「レオカディオ殿下がこちらに来られるということで、ご用意させていただきました」
いつの間に。
本当に、王城にお勤めの方たちが凄すぎる。
レオさまと私が庭園に来ると知って、先回りして準備していたのだ。
「綺麗ですね」
私は庭園に目を移すと、同じ言葉を繰り返した。
一目見れば、どれだけ手が掛けられているかがわかる。
私は椅子に座ったまま、腰をひねって辺りを見渡した。自慢したくなるのがわかる風景だ。
「喜んでいただけたようでよかった」
レオさまはそう言って、満足げに笑った。
「今度は薔薇園のほうにも行ってみるか」
「はい」
「あちらも美しいぞ。君の姉君も喜んでいるだろう」
「見ているといいんですけど」
「どういう意味だ?」
「姉は今ごろ、『どの薔薇よりも美しい』って言われてうっとりとウィルフレド殿下だけを見てますよ」
私が肩をすくめてそう言うと、レオさまはしばらく黙り込んだあと、ははっと声を上げて笑った。
「違いない」
楽しそうに笑うのにつられたのか、周りにいた侍女たちも口元を手で押さえて、ふふふと笑っている。
馨しい紅茶の香り。自慢の庭園。よく気の付く侍女たち。
でもレオさまは、生まれ育ったここを離れることになる。たぶんコルテス領と王城の往復をたくさんする生活になるだろうから、完全に離れるというわけではないだろうけれど、でもやっぱり寂しいんじゃないのかな。
もしもレオさまがコルテス領での生活に戸惑われたら、私はたくさん手助けしてあげよう。
私がいつも隠れている、秘密の場所も教えてあげよう。
いつかコルテス領のことも、この庭園のように自慢してもらえたらいいな。
そうして二人で楽しく過ごしていきたいな、と思った。




