3. 馬車の中
それからとんとん拍子に話は進んだ。
そしてある日、婚約発表を行うため、王城で開催される夜会にお姉さまはもちろん、家族全員で出席するようにと言われた。
その夜会は、第三王子の誕生日の祝賀会なんだそうだ。
「つまり、誕生会に集まった方々に、『婚約しました』と発表するわけだな」
そのために王城に向かう馬車にゴトゴトと揺られながら、私はお父さまの話を聞いていた。
お父さまとお母さまとお姉さまと私、四人で馬車に乗っているわけだけれど、王城が用意した馬車なので、広々としていて窮屈ではない。
「それまで、婚約したことは言うんじゃないぞ」
お父さまはそう念押しする。主に私に。
なぜか王城の使者に、「発表まで黙っておくように」と強く言われたのだ。
「なぜかしら」
お母さまが頬に手を当てて、首を傾げる。
「驚かせたいんじゃない?」
私がそう言っても、誰も反応しない。無視された。なぜだ。
「なにかしら、理由があるのでしょう」
落ち着いた様子で、お姉さまが言う。
いやそりゃあ、なにかしらの理由はあるんだろうけれど。
「なんだか不安になるわ。だって直前で婚約話を反故にされても、誰もわからないわけでしょう?」
だからギリギリまで黙っておけ、と言われているのではないかとお母さまは言う。
蒼玉が発掘されて、穏便にコルテス子爵家と強い繋がりを持ちたい、いやたぶん、ゆくゆくは第三王子の領地にしたいという思惑があるとはいえ、相手は我がセイラス王国の王子だ。他にいくらでも良い縁談が転がり込んでくる可能性はある。
婚約内定とはいえ、あくまで内定。公にされるまでは、あちらの都合でいくらでも白紙に戻せる状態なのだ。
直前になって、もしもっといい条件の縁談が持ち上がったら? 悩むまでもない、こちらを切り捨てればいい。
だって相手は王家だし。こちらは子爵家だし。もし婚約に至らなくとも、私たちは黙り込むしかできない。
もしかしたら、そういった不測の事態に備えているのかもしれない、と思う。
だいたい、お姉さまとその第三王子はまだ顔を合わせてもいない。実は第三王子がものっすごいワガママ王子で、お姉さまを気に入らなくて「やだ!」とか言い出しそうな人なんだろうか。
第三王子。レオカディオ殿下。そのお姿は見たことはないけれど、とても聡明でお優しい人柄で、そして見目麗しい方なのだそうだ。世間での評判は、概ねそうなっている。
嘘くさい。とっても嘘くさい。
人間なんだから、そうそう完璧でいられるわけがないと思う。
とはいえ、王子の悪い評判なんて広がるわけがないから、そういう評価しか知られていないのは、まあ当たり前の話ではある。
御年十七歳で私と同い年。十九歳であるお姉さまよりも二つ年下。
そう考えると十七歳である自分が自分だけに、同い年である『王子殿下がワガママ説』を払拭することができないなあ、と心の中で思った。
まあ、お姉さまを気に入らないなんて、まずありえないけどね。
「あなたは、なにも聞かされていないの?」
お母さまがお父さまのほうを見てそう訊くが、お父さまは腕を組んでうーん、と唸るだけだ。当然、聞いていないということか。
馬車の中が、なんだか暗くなってきた。
これはいけない。重い空気は苦手だ。
「でも万が一、婚約に至らなくたって、夜会を楽しんで帰ればいいじゃないですか」
私がそう言うと、三人はいっせいにこちらに振り向いた。
「美味しいものを食べて飲んで。王子殿下のお誕生日を祝って。楽しく踊って。私はとっても楽しみです」
そう続けると、三人は何度か目を瞬かせたあと、小さく笑った。
実際、主役は私ではないので、私の楽しみはそれくらいだ。
領地の利益がどうのこうのも、実はそんなに気にしていない。
降って湧いた王子とお姉さまとの縁談が、どうにも実感が湧かないものでもあるし。
「そうか、そうだな」
「どちらにしろ、わたくしたちは従うしかないのだし」
「わたくしは、お父さまの良いようにしていただければと思います」
三者三様、という反応ではあったが、どうやら私の言葉で馬車の中は和やかになったようだ。よかったよかった。
どことなく緊張してピシリと座っていた私たちは、少しばかり姿勢を崩して深く腰掛ける。
なにせ王城が用意した馬車。座り心地は抜群で、緊張さえしていなければ、これほど快適なものもない。
そうして口の滑りが良くなった家族は、会話を弾ませる。
「王家主催の夜会など、久しぶりだな」
「結婚してすぐのころでしたかしら」
「そうだな、すごく規模の大きな夜会で。我が家のような弱小貴族も招待された」
「とても素敵だったわ」
「まあ、そのお話聞きたいわ。わたくしは初めてなんですもの」
あはは、うふふ、と馬車の中に明るい笑い声が響く。
気を抜き過ぎではないかな、と思わないでもなかったけれど、まあなるようになるでしょう。