27. 昼食会
私から漂い出る不穏な空気を感じ取ったのか、国王陛下はひとつ咳払いをしてから言った。
「やはりレオカディオが惚れこんだ令嬢だ。プリシラは愛らしくて人目を惹く」
おっと、ご自分の視線の意味を変えてきましたね。
「過分なお言葉を賜り光栄です」
私は頭を下げつつ、そう返した。
わかりました、王位簒奪に協力するのはやめておきます。
しかし、惚れこんだ、かあ。確かに、どうしても二女がいいとワガママを言ったということになっているから、それくらいは言わないといけないんだな。
ちらりと横目でレオさまを見ると、特に気にならないのか、しれっとした顔をしている。
「では食事を始めようか」
明るい声で陛下が言うと、給仕人たちが動いた。
コルクを抜いたボトルから、目の前に置かれた足の付いたグラスにトポトポと金色の液体が注がれ、泡が立ち昇る。
うわ、これ絶対、高価なやつだ。味わわなくちゃ。
皆がグラスを手に持ったことをテーブルを見渡して確認すると、陛下はひとつ、うなずいた。
「では、祝おうではないか。レオカディオとプリシラの未来と、コルテス家の発展と、そして我がセイラス王国の永劫の繁栄を」
そうして昼食会は始まった。
◇
意外にも昼食会は穏やかに進んでいった。
やはり美味しい食事と適度なお酒は人の心を和ませる。
「綺麗な髪ねえ。お手入れはどうしているの?」
「いえ、特には……」
「まあ、そんなことはないでしょう? わたくしは、エイゼンから取り寄せた香油を使っているのだけれど」
「それでそんなにお美しい御髪をなさっているのですね」
「あら、そんなことはないのよ? やっぱり年を取ると艶がなくなってくるわ」
王妃殿下がお姉さまの美容についてやたら聞きたがり、お母さまがその間に入ったりしている。
くっ。私も女の端くれなのに、まったく会話に入れない。
しばらくすると、口の滑りがよくなったのか、国王陛下がレオさまを覗き込むようにして言った。
「しかし、レオカディオ」
「はい、父上」
「まだ婚姻前だというのに、あまり遅くまで女性を引き留めてはいかんぞ?」
その言葉に、レオさまの食器がガチャンと音を立てた。
「婚約者なのだし子ができても困りはしないが」
ズバッと切り込んできますね、陛下は。
レオさまは俯いたまま、フォークとナイフを握り締めている。
「さすがに婚約者となったその日というのは……」
「してません」
間髪を入れずにレオさまが言った。
私も隣でこくこくとうなずく。
レオさまは大したことはないと言いたげに、ため息交じりで続ける。
「つい飲み過ぎてしまって、いつの間にか寝入ってしまったんです」
いつの間にか寝たのはレオさまだけだけどね。
「そ、そうか。それなら……いいのか?」
まあ、よくはないでしょうけど。
「あら、別にいいではないですか」
ほわほわしたような声で、王妃殿下が言った。
どうやら、話がわかる人っぽい。
「むしろ、男女が二人きりで部屋に閉じこもっているのに、なにもしないなんてありえないわ」
満面の笑みでそう言い切った。
話がわかりすぎる人だった。
「してません」
レオさまがフォークを握った手をぷるぷる震えさせながらそう言った。
私は慌ててまたこくこくとうなずく。
ちなみに控えているクロエさんも何度もうなずいていた。
その話はレオさまと私にとっては大事な話題だったけれど、他の人にとってはどっちでもいい話だったらしく、また皆が雑談に戻っていく。
ふとレオさまの前を見ると、美味しいお肉が減らないままのお皿があった。
「食が進んでいませんね」
「ああ……少し」
小さくため息をつきながら、レオさまは物憂げに言う。
見れば、さきほどの高価な果実酒もほとんど減ってない。もったいない。
なるほど。それでさっき、恥ずかしがっていたのか。
「二日酔いですね」
元気そう、というのは、自分は気分が良くないのに、なぜ平気そうな顔をしているのか、という疑問が入っていたのか。
「君はなんともないのか」
「ないですね」
「人に勧めておいて」
「すみません」
軽く頭を下げると、レオさまは小さく笑った。
「二日酔いどころか、つやつやな顔色で、見違えるほどに美しく着飾っているから、驚いた」
そしてくつくつと喉を鳴らす。
「でもやっぱり口を開くと君だったから、安心したよ」
言いながら、なんとかお皿の上のお肉を減らそうと、またフォークを握り直す。
けれど私は動けないままだった。頬が熱い。
ふと視線を感じて、そちらに顔を向けると、国王陛下が口の端を上げて私を見ていた。
そして全部わかっているよと言いたげに、片目を閉じた。
陛下も、若いころは女性を夢中にさせてきたに違いない。




