25. 謝らないで
「それに、このままいくと、アマーリアはキルシーの第二王子の妃だ。仮にお怒りでも、それを明言なさることはないだろう」
また一段声を低くして、お父さまが言った。
確かに。
けれどそれは、「このままいくと」ということだよなあ。
今は私よりもむしろお姉さまのほうが、立場が揺らいでいる。
「その……キルシー側では、お姉さまが王子妃になることは……」
だって、「セイラス王子の誕生会に行ったら妃を見つけてしまいました」、ってそんな気軽でいいんだろうか。
いくら王位継承権を放棄しているとはいっても。キルシーは自由恋愛に抵抗がないといっても。
やっぱりウィルフレド殿下は王子なのだし。
お姉さまは頬に手を当てて、小首を傾げる。
「ウィルフレドさまは大丈夫と仰ってはいるけれど、どうかしら」
「そう……ですよね」
お姉さまもこの状況に楽天的ではいられないらしい。
「でもわたくし、信じて待つわ」
けれどそう言って、にっこりと美しい笑みを見せた。
「もうウィルフレドさま以外は考えられないもの。もし許されなかったら、修道院に入って神に祈りを捧げながら、一生を終えたいと思っております」
胸に手を当てて、目を閉じて、修道女さながらに清らかな声でそう述べる。
昨日恋に落ちたばかりだというのに、もうそんな覚悟まで。
お姉さまの展開の早さが怖い。
「しかし、コルテス家から、王子妃が二人も出ることになりそうだとは」
お父さまは、ソファに深く座り直しながら、そう言う。
お姉さまはキルシー第二王子の妃に。
私はセイラス第三王子の妃に。
たった一晩で、弱小貴族のコルテス家がこんなことになるとは、誰も思ってもみなかっただろう。
「これからどうなるのか、想像もつかないな」
お父さまはそう言って、口の端を上げる。
うっきうきなのが隠せていませんよ。
「ではそろそろ、昼食会場に参りましょう」
クロエさんがそう声を張った。
ということは、辻褄合わせはこんなところでいい、と判断したのだろう。
プリシラ・コルテスは、最初から、レオカディオ殿下の婚約者候補であったということ。
そして昨夜、それが公表されて確定したということ。
それさえ理解していればいい。
私なんかはうっかりしそうだから、そう思い込むくらいがちょうどいいのかな。
「では行こうか」
お父さまがそう言ってソファから立ち上がるのを見て、私たちも皆、立ち上がった。立ち上がろうとした。
けれど私だけが、もたもたとしてしまう。
うっ。ドレスが重い。
王城が用意したものだから、いつものドレスとは違う。昼食会で着るものだから、さほど華美なものではないはずだけれど、私の基準でいけば十分に豪華だ。
蒼玉色の生地に、裾に広がるように金糸で細やかな刺繍がされている上に、腰から幾重にもレースを重ねて広げてあるし、ついでに言うと、首元には蒼玉があしらわれた三連の金の首飾り。
本当に昼食会だけなんですよね? と言いたくもなる。
そりゃあ国王陛下の御前だから、それなりの装いは必要不可欠なんだろうけれど、これはやりすぎではないのだろうか、と思わないでもない。
「立てる?」
お姉さまが横から手を差し出してくる。ありがたくその手を取り、なんとか立ち上がった。
クロエさんも私のほうに来ようとしていたけれど、それを見て手助けは必要ないと判断したのか、扉を開けようと出入口に向かった。
お父さまはもたもたとおぼつかない私を見て、笑う。
「着飾ると」
そこまで言ったところで、お母さまがお父さまを睨みつける。
わかります。お父さまは、「着飾ると、プリシラでもそれなりに見えるな」と言おうとしたんですね。
「ますます可愛らしいな、プリシラは」
おっと、いい感じに言い直した。良きかな。
そんな風に和やかに、私たちは歩き始める。
けれど、ほとんど密着するように私の隣にいるお姉さまが、ぼそりと口を開いた。
「ごめんなさい、プリシラ。わたくしのせいで婚約者に仕立て上げられて」
そう言って、悲し気に眉を曇らせる。
「え、大丈夫です、お姉さま」
だって、本当ならどんな縁談が来るかもわからなかったのに。
なんと王子妃ですよ! 大出世ですよ!
しかもレオさまは、あんなに素敵だし。外見が。
いや中身も、案外気さくだし、優しいし、一緒にいて楽しいし。
むしろお姉さまが謝るべきはレオさまなのでは。
美女を横からかっさらわれて、本当にお気の毒だし。
「でも……」
「謝らないでください。むしろ私、すごくいい立場になりましたし」
権力に溺れちゃいそうなくらいですよ。
「……ごめんなさい。本当に、ごめんなさい……」
けれどお姉さまは俯いたまま、謝罪を繰り返した。
あれ。なんだろ。
今、生まれて初めて。
お姉さまに、苛立った。




