24. 落としどころ
「人払いはいたしますので、どうぞごゆるりとお話くださいませ」
侍女頭のクロエさんはそう言ってにっこりと笑う。
そして他の侍女や侍従や衛兵が客間からいなくなっても、クロエさんは壁際に控えたままだった。
人払いの人の中にクロエさんは含まれないらしい。
やっぱり監視要員かなあ。
「プリシラ……!」
来客用のソファに座っていたお母さまが立ち上がり、私の元に駆けてきた。
そして腕を広げてぎゅっと抱き締めてくる。
なんだなんだ。
「心配したのよ、プリシラ」
「なにを?」
私が小首を傾げてそう言うと、お母さまは身体を離して、私の両肩を持った。
なんだなんだ。
「だって、夜遅くになっても帰ってこないから……」
見てみると、お父さまもお姉さまも、私を不安げな瞳で見つめている。
ああ、そうか。そうだよね。
怒涛の展開の繰り返しで私の中で薄まっていたけれど、そりゃあ心配だよね。
「なにを?」とか言っている場合じゃなかった。
「ごめんなさい。レオカディオ殿下とちょっと話が盛り上がって、いつの間にか寝てしまいました」
「そ、そうなの?」
「はい。上等なお酒もたくさんいただいたから、つい」
「その……レオカディオ殿下とは……」
上目遣いでぼそぼそと、そう問うてくる。
やっぱり心配なのはそこですよね。
「特になにも」
「なにも?」
「むしろ婚約者としてこれでいいのかと悩むくらいに、なにも」
あっけらかんとした口調だったからか不審には思わなかったようで、三人はいっせいに、ほっと息を吐いた。
ついでに、壁際に控えているクロエさんも息を吐いた。
お父さまは安心しすぎたのか、ははは、と笑う。
「プリシラが相手だとそういう気にはならないかもな」
ぶん殴りたい。
お母さまが代わりに、振り返って睨みつけて、お父さまは肩をすくめて縮こまっていた。
「プリシラ」
お姉さまがこちらに身を乗り出すようにして私を呼ぶ。なんだか泣きそうな顔をしていた。
私は慌ててそちらに駆け寄ると、お姉さまの横に座って、その手を取った。
「本当になにもなかったから、心配しないでください」
お姉さまの琥珀色の瞳が潤んでいる。
この様子では、かなり心配していたのだろう。
「本当?」
「はい」
なので私は、深く深くうなずく。
まあ婚約者とはいえ、やはり婚姻前にそういうことになるのはよろしくないですもんね。
「ま、まあ、レオカディオ殿下のような素晴らしい方が、そのような節操のないことはなさらないだろう」
咳払いをして、お父さまがそんなことを言う。クロエさんの目を気にしたのかもしれない。
そしてクロエさんがそれに応えるように、何度もうなずいたのが目の端に見えた。
あっ、これ、「幼いころからお世話してきたので溺愛しています」ってやつかもしれない。
今後、発言には気を付けよう。
「お父さま、それより」
辻褄合わせだ。そのための時間だ。
「ああ」
お父さまもそれはわかったのか、うなずいた。
人払いはしているし、クロエさんはおそらくすべてを把握している。けれど私たちは顔を寄せ合って、ぼそぼそと話し合った。
「陛下は、アマーリアとの縁談は、最初からなかったことになさるおつもりだそうだ」
「私も、レオカディオ殿下にそう言われました。それで、二女を選んだのは、殿下が私を気に入ったから、ということにするそうです」
「お気の毒に……」
「お父さま?」
睨みつける。自分で言うのはよくても、他人が言うのは許しません。
お父さまは、慌てて頭を下げた。
「すまん」
わかればよろしい。
「プリシラは私に似ているから、つい」
その事実は、レオさまには言わないほうがいい気がする。なんとなく。
「そこで心配なのが、アマーリアだ」
お父さまはお姉さまのほうを見て、そう言う。
お姉さまは慌てて背筋を伸ばした。
「このことは、ウィルフレド殿下には一生黙っていなければならない」
「はい」
「添い遂げるつもりなのだろうが、墓に入るまで、黙っていられるか?」
「はい」
お姉さまは、こくりとうなずく。
「それがご迷惑をかけた方々のためになるというのなら、わたくしは必ず成し遂げてみせます」
密命を帯びた間諜のような顔をして、お姉さまは言った。
あんなに自分の意思というものを表に出してこなかったお姉さまが、一晩でこんなに変わるものなんだなあ、となんだか感慨深い。
「お姉さま、怒られませんでしたか?」
そこはちょっと心配だったので、訊いてみる。
するとお姉さまは困ったように眉尻を下げて言った。
「ええ、予定を大幅に狂わせてしまったのですものね、謝罪しなければと思ったのだけれど、『最初からなかったこと』だから、なにも言うなということらしいの。これからも、決して口にするなと」
「なるほど」
「その代わり、キルシーとの親善に尽力するようにとの思し召しのようだわ」
それが、今回のこの騒ぎの落としどころということらしい。
まあ、どこぞのご令嬢が刃物を持って乱入しての刃傷沙汰よりはマシだった、と思われたのかもしれないな。




