23. 一晩で
また侍女や衛兵に囲まれて、城内を移動する。
レオさまと一緒でなくともこんなに厳重なのか、と心の中で驚きながらも、動揺を悟られないようにしずしずと進む。
とはいえ城内はけっこう入り組んでいて、確かに案内なしで部屋には戻れないだろうな、と思った。
「こちらです」
衛兵が二人、前に出て、両開きの扉を開ける。
おお、なんかすごい。
……うん? 両開き? 昨日、入城したときに案内された部屋はそうだったっけ。
疑問に思いつつ、部屋の中に歩を進める。
しかし思わず、立ち止まってしまった。
あれ、やっぱりこの部屋じゃない。昨日案内された部屋は、こんなに広くて調度品もやたら豪華でふかふかの絨毯が敷かれている部屋じゃなかった。
「あのう」
振り返って、傍に控えている侍女の人に話し掛ける。その人はかしこまって応えた。
「なんでございましょう」
「あの、このお部屋、昨日のお部屋とは違うような……」
「はい。警備の都合上、誠に勝手ながら、こちらに変更させていただきました」
にっこりと微笑みながら、そんなことを言われてしまう。
「警備」
「はい、警備の都合上」
「私に、警備?」
「はい、王子妃になられるお方ですから」
「王子妃に」
「はい、王子妃になられるお方です」
そう言われるとそうなんですけど、どうにもまだ実感が湧かない。
王子妃って、いつもこんな感じなんだろうか。それとも、まだどこぞのご令嬢が突撃してくる可能性があるから、厳重なんだろうか。
私が動けずに立ち尽くしていると、その侍女は言った。
「朝食はいかがなさいますか」
「えっ」
「それとも、少しご就寝なさいますか。昼食は国王陛下と王妃殿下との会食のご予定になっておりますので、それまでにはお起こしいたしますが」
「あっ、じゃあ……少し、寝ます」
昨晩はベッドの隅っこで寝ただけだから、できれば仮眠したい。
侍女が就寝を提案してきたのは、私が昨日、寝ていないであろうことへの配慮だろう。
それが誤解に基づくものかどうかは謎だけれど。
「かしこまりました。ではこちらへ」
「えっ」
言われるがまま動くと、寝室に案内された。レオさまの部屋のものほどではないけれど、広いベッドが置いてある。
「では失礼いたします」
「えっ」
侍女たちが何人か私の周りに群がり、あれよあれよという間にドレスを脱がされ、軽く清拭され、寝衣に着替えさせられる。
「もし空腹をお覚えになられましたら、よろしければ、こちらにご用意したものをおつまみください」
そう言って、ベッドサイドテーブルを手のひらで指す。水差しと、チーズやらハムやらフルーツやらが盛られたお皿が置いてあった。
「ではおやすみなさいませ」
一礼してそう言うと、侍女たちは寝室から出て行ってしまう。
私が「えっ」しか言えずに呆然としている間に、すべてが終わっていて、気が付いたら私はベッドに横たわっていた。
恐ろしい。
呆然とベッドの天蓋を眺めながら、私は思う。
一晩で! 待遇が変わった!
そうか。私、そのうち王子妃殿下とか呼ばれるようになるのか。
うわあ、すごい。
権力に溺れる人の気持ちがよくわかる。
すっごく気持ちいい。
私はたぶん溺れる側の人間だから、気を引き締めないとなあ。
ベッドもふかふかだ。レオさまのベッドもそうだっただろうけれど、私が寝たのは端っこだったし。寝衣もシーツも肌触りがものすごくいい。
そうして私はすぐ、眠りに落ちていったのだった。
◇
少しすると、目が覚めた。
そんなに長い時間は寝ていない気がする。
昨夜、まったく寝ていないわけではなかったからかもしれないし、あんまりふかふかすぎて熟睡できなかったからかもしれない。
両腕を上げて、伸びをする。それから、ふう、と一息ついた。
さて起きるか、とベッドから足を下ろすと。
「お目覚めでしょうか」
寝室の外から声が掛けられる。
嘘っ! ちょっと動いただけで察した。
すごいよ、王城にお勤めの人たちがすごすぎる。
「は、はい」
「失礼いたします」
ゆっくりと扉が開き、何人かの侍女が入室してくる。
「お召し替えのお手伝いを」
「あ、はい」
そしてまた数人の侍女たちに取り囲まれ、ドレスに着替えさせられる。
これ、昨日の夜会前にやって欲しかったなあ。
そうしたら、レオさまだってもう少し、落ち込まずにいられたかもしれないのに。
「プリシラさま」
呼び掛けられて振り向く。
おそらく侍女たちの中で一番年長であろう女性が私に頭を下げてから言った。
「私は、セイラス王城で侍女頭をさせていただいております、クロエと申します。プリシラさまが城内にご滞在の間、お世話を申し付かりましたので、なんなりとお申し付けくださいませ」
「は、はい。よろしくお願いいたします」
侍女たちは一様に紺色のお仕着せを身に着けているけれど、彼女が着ているお仕着せの襟には、三本の紺色の細いリボンが縫い付けられていた。
侍女頭。このお城で一番偉い侍女だ。
そんな人が私に付くとは、本当に待遇が変わったんだなあ。
「国王陛下との会食の前に、ご家族で話し合われることもございましょう。こちらにお呼びしておりますので、どうぞお会いになってくださいませ」
にっこりと笑ってそう言う。
これは。
待遇が変わったというより、監視の意味合いが強いのかもしれない。
今からコルテス子爵家で集まって辻褄合わせをしろ、ということだ。
そして今からは間違いなく、一挙手一投足、監視されて管理される。
うわあ、権力に溺れている暇はなさそうだ。
それからすぐ、案内され、客間に向かう。
するとそこには、お父さまとお母さま、そしてお姉さまが待っていた。
さすがにあのキルシー王子のウィルフレド殿下はいない。
まあ、隠し事をするのは、あの方に対してだもんね。そりゃそうでしょう。




