22. ごまかせません
これは素直に謝っておこう。
私はぺこりと頭を下げた。
「申し訳ありません」
「いや……断らずに飲んだのは私だ」
「ご厚情に感謝します」
どうやらお咎めはないらしい。よかった。優しい。
レオさまは、しかし続けた。
「それより、誰か呼べばよかったと思うのだが」
少々、非難めいた視線でこちらをじっと見つめてくる。
けれどそれには謝れません。
「呼びました」
「えっ」
私の返答に、目を見開く。
レオさまはいつも、呼んだらすぐに誰かが来るんでしょうね。
「誰も来ませんでした」
「な……んで」
呆然としてそう返してくる。けれどたぶん、答えはわかっているんじゃないでしょうか。そんな感じします。
「たぶん、気を使ったんじゃないですか」
「ということは」
「誤解されているでしょうね」
「あー!」
レオさまは再び頭を抱えた。
この様子では、おそらく、品行方正な王子さまで通っているんでしょう。それが崩れてしまうのは、ちょっと可哀想かなあ。
でももう、どうしようもないし。
「いや、でも、誤解なんだから、いつかは解けるだろう」
諦めきれないご様子ですけど。
私は昨夜、諦めましたけどね。
レオさまは自分で言った言葉になにか思うところがあったようで、ぼそりとしゃべり始める。
「誤解……」
「はい?」
「誤解で間違いないよな?」
「え?」
「本当に、なにも……してないよな? それ以前のこととか……」
うっ。
あれかな、口づけすらしていないのか、という意味かな。
そういうことなら、していないけれど。
蒼玉発言は、なにかしている、という範囲のことではないし。うん。
「していませんよ」
「そうか」
「あっ」
思いついて手を叩く。
レオさまは嫌な予感がしたのか眉根を寄せた。
「なんだ」
「してるって言えば、弱みが握れたのかなって」
「握るな」
「はい」
「いや……ある意味、握られたのか……」
すぐ落ち込むなあ、この王子さま。
このどんよりした空気を打ち砕くかわいい冗談のつもりだったんだけれど。まあ本心が混じっていたことは否定しませんけどね。
とにかく、これからはレオさまの前では迂闊なことは言わないように気を付けよう。
レオさまは少ししてパンッと手を叩いた。
「まあ、こうしていても仕方ない」
それには同意します。
ベッドから降りると、レオさまはすくと立ち上がった。
彼は私がベッドから降りるのを待って、それから扉に向かって一緒に歩き出す。足を動かしながらレオさまは言った。
「とにかく、ソファで寝込んでしまったということにしよう」
また新たな辻褄合わせが始まってしまった。
でもまあ、それでごまかせるならそのほうがいいので、うなずく。
「わかりました」
私の返事を聞くと、彼はひとつうなずいてから寝室の扉を開ける。
しかしレオさまはそこで立ち止まってしまった。
なんだろう、と肩越しに見てみると、綺麗に片付いたテーブルがそこにある。
どうやら私たちが眠っている間に、どなたかが片付けたらしい。
「ああ、ごまかせませんね、これ」
私がそう言うと、レオさまは膝から崩れ落ちた。
◇
少しして、部屋のドアがノックされた。
「お目覚めでしょうか、レオカディオ殿下」
侍女の人の声だ。
その声に慌ててレオさまは立ち上がる。
「ああ」
「失礼いたします」
ほら。その程度の声でもちゃんと聞こえている。今声を掛けたのだって、中で人が動いた気配を感じ取ったものだろう。
やっぱり昨日の私の声も聞こえていたんじゃないのかな。
「おはようございます、レオカディオ殿下」
何人かの侍女と侍従が入室して、頭を垂れた。
「おはよう」
あっ、またキラッキラし始めた。
「すまない、いつの間にか寝入ってしまって」
「さようでございましたか」
「彼女のご両親も心配しているだろう。部屋に送ってくれないか」
「かしこまりました」
どうやら、とにかく何ごともなかったように振る舞うことにしたらしい。
ならば私もそうするべきでしょう。
私はレオさまのほうに振り返ると、丁寧に淑女の礼をした。
「ではレオカディオ殿下、昨夜、殿下の御前で眠り落ちてしまいましたこと、また改めて謝罪させてくださいませ」
「あっ、ああ」
「では御前、失礼いたします」
そう言うと、ひとつ頭を下げて礼を解く。
レオさまは安心したのかひとつ息を吐くと、私に言った。
「ああ、ではまた昼に」
「はい、また昼に」
そのときレオさまは、わずかに眉をひそめ、そして顎に手を当ててなにやら考え込んだ。
そういえば昨夜、似たようなやり取りをしたのだっけ。
それを思い出しているのかもしれない。