21. 悪かった
「してませんよ! 私、清い身体です!」
強く自己主張してそう言うと、レオさまは安心したのか顔を上げた。
「そ、そうか。そうだよな」
「はい」
「その場合は、さすがに覚えているよな」
「たぶん」
こくこくとうなずく。
そんな私を見て、ほっと安堵の息を吐いてから、彼はおずおずと口を開く。
「その……どうして部屋に戻らなかったんだ? それで、どうして……一緒に寝ているんだ?」
やっぱり覚えていないのか……。
つまり、蒼玉発言も覚えていない、ということなのかな。
「どこまで覚えてますか?」
「ええと……」
頭に手をやって、レオさまは考え込んでいる。どうやら昨夜の記憶を辿っているらしい。
「君に……質問攻めにされていた記憶はあるな……」
あのあたりまでか。
じゃあ、うつらうつらとし始めたころから途切れているのかな。
「レオさまは、私にちゃんと部屋に戻るようには言いました」
「そ、そうか」
ほっと胸に手を当てている。
「それから、自分で寝室に入っていって」
「ああ、……え?」
そこで小さく首を傾げる。それならこんなことにはなっていないだろう、と顔に書いてあった。
「そのあと、寝室の中でなにかが倒れた音がしたので、様子を窺うためにドアを開けました」
「まさか」
「レオさまが床で寝ておられました」
私がそう言うと、彼は頭を抱えて身体を前に倒した。
こんなことになった理由が、なんとなく推測できたのだろう。
「最低だ……」
「いや、最低とまでは」
豹変して襲い掛かってきて私がぶん殴る、までいくと最低でした。
けれどレオさまはまだブツブツ言っている。
「ああー……ついうっかり」
「案外、脇が甘いですね」
あと少しでベッドだったのに。
「ほっとけ」
ぱっと顔を上げて、少し唇を尖らせている。む、ちょっと可愛いな。
「それで君は、私をベッドに運んだと」
「いやさすがにそれは」
私はひらひらと顔の前で手を振る。
私、そんなに力持ちじゃないです。
いやどうかな。やる気になればできたかも。お母さまによると、私、少したくましいらしいし。
「そのときはすぐに目を覚まされたので、自分の足で歩かれましたよ」
「あっ、少し記憶があるような」
ちょっと嬉しそうにそんなことを言う。
そこだけ記憶があっても、どうしようもないですけどね。
でもこの様子では、蒼玉発言は覚えてなさそうだ。覚えていたら、たぶん、もっと身悶えている気がする。
そうか、覚えていないのか……。
なんだか少し、肩が落ちた。
「で、ベッドに入ったはいいですが、私のこの袖口を握ったまま放さないので」
私は自分のドレスの袖をレオさまの前に差し出す。握られていたところが皺になっていて、せっかくの綺麗なレースがよれている。
レオさまはそれを眉根を寄せて見つめていた。
動かぬ証拠を突き付けられた犯人の顔は、こんな感じなのかな。
「だから、やむなく私はベッドの隅っこで寝るしかなかったんですよ」
「そう……か、すまない」
「はい」
そうして私たちは向かい合って座り込んだまま、黙り込む。
窓から燦燦と降り注ぐ陽の光も、私たちを照らすことはできないのかもしれない。どんよりとした空気が漂っていた。
「覚えていない……」
しばらくするとレオさまはぼそりとそう言って、深く深くため息をついてうなだれた。
「今まで、酒を飲んで記憶がなくなるというのは、醜態をごまかすための嘘だと思っていた……。嘘だろう……本当に記憶がない……」
呆然と空中の一点を見つめている。
どうやら本気で落ち込んでいるらしい。
まあ、そういうこともあると知れて良かったのかもしれないし。
「一つ、賢くなりましたね」
「馬鹿にするな」
「してません」
「いや、馬鹿だな……」
そう言って、何度目かもわからない大きなため息をつく。
余計に落ち込ませてしまった。
「いつも、酔っ払ってしまうんですか?」
酒癖が悪いのはどうかなあ、と思うんですが。婚約者として。
けれどレオさまは、ぶんぶんと顔の前で力いっぱい手を振った。
「まさか! いつもは嗜む程度だ」
「なのに今回は飲んでしまったんですね」
小首を傾げてそう問うと、レオさまはバツが悪そうに目を逸らして応えた。
「いや……君がどんどん勧めるものだから、つい」
「私が?」
「勧めただろう」
頬に手を当てて考えてみる。
レオさまが、ちょっと放っておくとすぐに落ち込むので、「まあまあ、飲みましょう」と勧めた記憶がある。
うん。
私、割と、悪かった。