19. 破壊力がすごい
訊けるところは訊いておこうと、私はレオさまを質問攻めにしていた。
だって私、王子妃になるらしいけれど、なんにも知らないんだもの。
心の準備というものは必要でしょう。
レオさまもそれはわかっているのか、律義に答えてくれている。
そして、いくつ目かもわからない質問をしていたときだ。
「王太子殿下はどんな方なんですか?」
「ああ、ディノ兄上は、大きくて……」
そしてそこで、言葉が止まった。
あれ、と果実酒から顔を上げると。
うつらうつらと舟を漕いでいるレオさまがそこにいた。
「レオさま?」
「あ、ああ……」
呼べば目を覚ますけれど、またすぐに舟を漕ぎ始める。
「もう、寝たほうがいいんじゃないですか」
もう真夜中だ。それにお酒も入ったし。眠くなっても仕方ない。
「……ああ、そうだな」
そう言って、ふらりと立ち上がる。そしてそのまま、ふらふらと歩きだす。どうやらそちらに寝室があるのだろう。
足取りがおぼつかない。大丈夫かなあ。
「あの、どなたかを呼びましょうか」
「いや、いい」
手を上げて、こちらにひらひらと振ってくる。
「でも……」
「大丈夫だ」
そうかなあ。
というか王子さまって、一人で着替えたりできるのかな。寝るのなら寝衣に着替えないといけないでしょう。
そんなことを考えて、レオさまの背中をハラハラしながら見送る。
けれど寝室の扉の前でピタリと立ち止まると、彼はこちらに振り向いた。
「君も、部屋に帰るといい。外に侍従がいるだろう。案内してもらって」
「あ、はい」
なんだ、しっかりしている感じだ。心配するほどでもなかった。
「では、また明日」
「はい、また明日」
確か、昼食は国王陛下と王妃殿下との会食だったはずだ。
そこでまた、辻褄合わせが始まるのかな。
私はレオさまの婚約者として出席するわけだけど、いろいろ大丈夫なのかなあ。
まあいいや。私、まったく悪くないし。
とにかく早く寝て、明日に備えよう。もう遅いし。
私はソファから立ち上がる。
それを見たレオさまは扉を開けて、寝室の中に入って行く。
私は一礼して、部屋を出ようとしたのだけれど。
背後から、バタン、と扉を閉める音がして、そのあとドサッという音が追加で聞こえて振り返る。
「……え」
寝室の扉の中からだ。
嫌な予感しかしない。
慌てて寝室の扉の前に駆け寄る。
「レオさま?」
呼び掛ける。返事はない。
「レオさま!」
音量を上げて呼ぶけれど、やっぱり返事はない。何度かノックをしても反応はなかった。
やっぱり飲み過ぎたのかな。振り返って給仕台を見てみれば、確かに用意された果実酒は大半無くなってしまっているけれど。
どうしよう。誰か呼んだほうがいいのかな。
でもそれって、レオさまが中で潰れていたとしたら、王子が侍従の人たちに醜態を晒すってことになるんじゃないだろうか。
それは可哀想な気がする。やっぱり王家の方々には威厳というものが必要でしょう。
よし、一応、開けてみよう。
本当に深刻ななにかだったら、助けを呼びに行こう。
念のため、もう一度ノックして反応がないことを確かめて、私はドアノブに手を掛けた。
「開けますよー……」
婚姻前の淑女たるもの殿方の寝室に立ち入るなど、と言われる気はするけど、この場合は仕方ないでしょう。
そうっと扉の中を覗くと、寝室の中は薄暗かったけれど、大きな窓から入る月明かりで、真っ暗闇ということはなかった。
そして、いた。レオさまが、床に、伸びている。
まさか、倒れている……わけではないよね。
そうする必要はない気はするけれど、なんとなく、足音を忍ばせて入室して近寄ってみる。
「レオさま?」
脇にしゃがみ込んで呼び掛ける。すると健やかな寝息を立てているのが聞こえた。ほっと安堵の息をつく。
……けれど、王子さまの醜態を見てしまった。いけないものを見た気分だ。
大丈夫、黙っておいてあげますからね。私、婚約者ですし。
「レオさまってば」
返事がないので、軽く身体をゆすってみる。
すると、ううーん、と反応があった。
「……あれ」
何度か目を瞬かせて、こちらを見上げてくる。
この状況をわかっているのかいないのか、ゆっくりと両手をついて起き上がると、その場に座り込む。
そして、ああ、と小さく漏らした。
「……寝ていた」
「寝てましたね」
そう言うと、レオさまは片手で顔を覆って俯いた。
あれかな、少しでもお酒を飲むと急激に眠くなる人いるみたいだけど、レオさまもそういう人なのかもしれない。
しばらく二人して黙り込む。時間が止まったみたいだ。
なんでだろう。寝室の中で二人きり、という状況なのに、まったく危機感を覚えない。
婚約者としてこれでいいのか、逆に心配になってきます。
「レオさま、しっかりしてください」
「すまない……」
「私は大丈夫です、とにかくベッドで寝ましょう」
「ああ。私は、すぐに眠くなる質だから、つい」
「やっぱり」
でも言葉ははっきりしている。酔っ払い、というわけでもないのかな。
レオさまは気だるげに立ち上がり、今度こそベッドに向かって歩いていった。私はそれについていく。
着替えは、もういいでしょう。一寝入りしたら目も覚めるかもしれないし。とにかく風邪を引かないようにしないと。
レオさまは、五人は寝れそうな天蓋付きのベッドの脇に立つと靴だけは脱ぎ、そしてパタンとベッドの上に倒れ込んだ。
そんな気してました。案の定です。
「レオさま、ちゃんとベッドに入ってください」
「うん……」
なにやらもぞもぞと動いているけれど、ベッドの中央にわずかに寄っただけだ。
子どもみたい。なんか可愛い。
「はい、入って」
私はベッドの足元のほうに畳まれていた厚手のブランケットを広げる。
レオさまがまあまあちゃんと横になっているのを見て、その上にそれを掛けた。
よし、任務完了。
「じゃあ、おやすみなさい」
ポンポン、とブランケットの上を軽く叩く。
するとレオさまがこちらを見上げてきた。
上目遣いの翠玉色の瞳が私を射抜く。
そして右腕がこちらに伸びてきて、大切ななにかを触るかのように、そっと私の頬に指先が当てられた。
私はその間、動けなくなってしまって、固まったままだった。
「ああ、そうか……」
「な、なんですか」
「私は、コルテス領で一番美しい蒼玉を手に入れたのか」
「な」
「君の瞳は、蒼玉のように美しいな」
「……え」
「私の、蒼玉」
それだけ言うと、レオさまは目を閉じて、そしてまた安らかな寝息を立てだした。
けれど私は固まってしまったまま、その寝顔を見つめることしかできなかった。
一瞬、心臓が止まるかと思った。昇天してしまったらどうしてくれるんだ。
なんてことを言いだすんだ、この王子さまは。
あっ。そうか、これか。
セイラスの王子さまたちに備わっている魅了の力はこれか。
すごい。破壊力がすごすぎる。
だって、顔が熱くて、身体が固まってしまって、なにもできなくて、他のものは目に入らないくらい、レオさまだけをただ見つめてしまっているのだもの。