17. 効いている
レオさまが侍女を呼んで指示すると、今度はテーブルの上に酒の肴の軽食が並ぶ。それからガラガラと給仕台が引かれてきて、その上にはいろんな種類の果実酒が水差しに入れられて、ずらりと置かれていた。
「おおー」
一声であっという間に揃うんだな。王族、恐るべし。
きっと王城の地下に果実酒が入った樽がいっぱい並んでいるんだ。そこから持ってきたのだろう。いつか行きたい。
レオさまはそれらのものを手のひらで指して言った。
「遠慮なく飲むといい」
あっ、自慢げな顔だ。
用意したのレオさまじゃないのに。
そしてまた人払いをして、二人きりの宴が始まった。
「少しずつ全部飲みましょうよ」
「そうだな」
給仕台の下の段にはたくさんグラスが用意されていたので、取り出してテーブルに並べる。
私はとりあえず三種類ほどの果実酒を、グラスに二つずつ注いでいった。
いろんな果実酒を飲み比べ。まだまだあるし。うーん、壮観。
「贅沢だなあ」
「そうか?」
くっ、この王子め。
「ではいただこうか」
「はい」
適当に手近なグラスの足を手に取って、レオさまはそれを顔に近付けている。
「うん」
などとうなずいて満足げに微笑んでいる。
どうやら香りを楽しんでいるらしい。
レオさまの周りがキラッキラしている気がする。やたら絵になっているのが、逆に腹立たしいなあ。
私もグラスを手に取る。
レオさまのようにしてみようかとグラスを顔に近付けて匂ってみるけれど、我が家で出されているものと違いがわからない。やんごとない方々にはわかるんだろうな。
わからないのでそのまま口に含んだ。
「美味しい!」
けれどそれはわかった。
さすがは王城にあるものだ。
私を見ていたレオさまは、くくっと笑った。
「それは良かった」
なんだか楽しそうで、ちょっとホッとする。
レオさまは一口飲んでから、こちらを見て首を傾げた。
「しかし君は、物怖じしないな」
「そうですか?」
「遠慮なく、と言うと、本当に遠慮しない」
だって遠慮なくって言われたんだから、遠慮しなくてもいいかな、と思って。
遠慮してほしいなら、遠慮してくださいって言ってほしい。
「したほうがいいですか」
「いや? 私はまどろっこしいのは好きじゃないな。その場合は遠慮しないほうが好きだ」
うわっ。
なんだか急に顔が熱くなってきた。果実酒が効いているのかな。一口しか飲んでないけど。
だって遠慮しないほうが『好きだ』って言葉だけでドキドキするの、おかしい。
「でも、たいていの場合は、遠慮される。これでも一応、王子だからかな」
「へえ……」
お姉さまならどうするだろう。
確かに楚々として、何度かどうぞと言われてから、では……と手を付けそうな気がする。
でもきっと貴族社会では、お姉さまのほうが正解だ。
「だからだろうな」
「なにがですか」
レオさまは私を見て、口の端を上げる。
「こんなに急に婚約者にさせられて、よくあの場で動揺しなかったものだ」
「もちろん動揺はしましたよ」
「そうは見えなかったが」
「だって、動揺しているのを見せてる場合じゃなかったでしょう」
それどころじゃなかった。
とにかくあの場を取り繕うだけで精一杯だった。
私は悪くない、と開き直ったのが良かったのかな。
それに。
レオさまがいたし。
「今だって、王子である私を前にしても、特に緊張している風でもないし」
「これから夫婦になろうっていう人に、緊張したって仕方ないでしょう」
「そういうところが、物怖じしないって言っているんだ」
お姉さまの陰に隠れて放っておかれた私は、怖いもの知らずというものに育ったのかもしれないな、などと思う。
けれどそのことで困ったこともない。
だからこれでいいんじゃないかな。
「それが私のいいところです」
「確かに」
そう言って、レオさまは歯を出して笑った。なんだかとても、楽しそうだった。
「王子妃になるのだから、それくらい肝が据わっているほうがいいかもしれないな」
「刃物を持ったご令嬢がやってくるかもしれないから?」
そう言うとレオさまは、ははは、と声を上げて笑う。
「その場合は、私が守るよ」
うん。
やっぱり果実酒が、効いている。




