16. 話をしましょう
絶世の美女を奪われてしまったことがそんなに悔しいのか、レオさまは私がクッキーを平らげてしまっても、まだ浮かない顔だ。
いつまでも、ぐずぐずと。
「あのう……そんなに落ち込まれると、こちらも落ち込むんですが」
「え?」
言われたことがすぐにわからなかったのか、レオさまは眉をひそめる。
「君が、落ち込む?」
「奪われたことがそんなに悔しいですか」
「そりゃあ奪われる対象になることが嬉しい人間はいないだろう」
「それだけですか」
少し口を尖らせて言うと、レオさまは小首を傾げる。
「それだけ、とは?」
「わからなければいいんです」
私はすまして紅茶の入ったカップを手に取り口につける。
冷めてしまっていた。
「どういう……あっ」
どうやら私のことに思い至ったらしい。
「いやっ、君のことが不服というわけでは」
慌てたように両手を振っている。
いや、いいんですよ。わかってはいるんですよ。
お姉さまは、誰もが認める絶世の美女ですものね。誰だってお姉さまのほうがいいでしょう。
あの婚約発表の場で、レオさまが連れている婚約者より、キルシーの王子が連れている美女のほうが格上で。それだって悔しかったんじゃないですか。
私にだって、それくらい、わかるんですよ。
伊達にこの十七年間、お姉さまと一緒に過ごしてきたわけじゃないんです。
周りの視線がどうやったってお姉さまに集中していることを、ひしひしと感じ続けてきたんです。
お姉さまは私に優しいし、自慢のお姉さまだけど、お姉さまがここまでの美女じゃなかったら、って思ったことはないって言ったら嘘になる。
そんなことを考えていたら、なんだか悲しくなってきた。
重い空気は苦手なのになあ。
本当にもう。
いつまでも、ぐずぐずと。
「すまない、無神経だった」
レオさまはあっさりと謝罪の言葉を口にする。
困ったように眉尻を下げて、私を見つめている。
「いえ……」
手に持っているカップの中の紅茶に視線を落とす。覗き込んだら、どんな表情の私が映っているのかな。
王子さまに謝らせてしまった。しかもレオさまは悪くないのに。
また静寂が訪れて、窓の外から葉擦れの音がする。
「……冷めたな」
「はい」
私たちは冷めた紅茶を飲む。
楽しかった時間が、急速に過ぎ去っていく。
言うんじゃなかった。
お姉さまの代わりの急造婚約者である私は、どこまでもレオさまがお気の毒だと慰めてあげればよかった。
気を抜いてしまった。楽しかったし、話しやすかったから。だから調子に乗り過ぎたんだ。
夜も更けた。紅茶も冷めた。
きっともう、お開きだ。
これから客室に帰って、寝て、明日の朝、目が覚めたら何がどう変わっているのかな。
わからない。全然、想像がつかないや。
「新しい紅茶を持ってこさせ……あ、いや」
レオさまがそう言っているのが聞こえ、私は顔を上げる。
「酒でも飲もう」
「え?」
レオさまのほうを見ると、彼は口の端を上げていた。
「夜に飲むものといえば酒だからな」
「まあ、そんな感じしますけど」
「飲めるか?」
「飲めますけど……」
十六歳の誕生日に上等な果実酒をお父さまにプレゼントしてもらって、それを飲んだのが初めてだった。
上等だったからか口当たりが柔らかくて飲みやすくて、美味しくて、家族におめでとうって言ってもらって。
楽しかったな。
「もう夜も遅いが、私たちは今日、婚約したんだ。もっとたくさん話をしよう」
「……話」
レオさまはこくりとうなずく。
「私は楽しかったが、楽しくなかったか?」
私はふるふると首を横に振る。
「楽しかったです」
「じゃあ、話をしよう」
そう言って、笑う。
「それに、私は君を『気に入って』、ぜひにと妃に望んだんだ。君のことを何も知らないと、辻褄が合わなくなる」
レオさまはおどけたように肩をすくめた。
それはきっと、彼なりの気遣いだっただろう。
「はい」
自然と、笑みが零れた。
「はい、話をしましょう」
私たちはいずれ、夫婦になるのだから。
このセイラス王国では、16歳から飲酒が許される設定です。
現実世界の日本ではもちろん、「お酒は20歳になってから」です。




