15. 謹んで訂正をば。
三段のケーキスタンドは、着々と隙間が空きつつあった。
「このクッキー、美味しいですね。杏のジャムが合ってます」
「こっちの木苺のケーキも食べてみろ。クリームが絶品だ」
辻褄合わせという本題が終わったためか、私たちはそんな風に気安く話しながら、お菓子を食べる。
甘いものでお腹が満たされてくると、余裕も出てきた。
ちらりとレオさまのほうを見ると、やはりくつろいでいる様子だ。
やたら美形な上に王子さまなので、遠い世界の人のような気がしていたけれど、中身は案外普通の人なんだなあ、としみじみと思う。
話をしていても、普通に楽しいし。
だからか私の舌の滑りも良くなってくる。
「キルシーの王子殿下とは、ご友人なんですよね」
「ウィルか。そうだ」
私の質問に、レオさまはうなずく。
「どういう方なんですか」
「気になるか?」
からかおうと思ったのかニヤリと笑って言われた言葉に、肩をすくめる。
「そりゃあ、姉の婚約者らしいですから」
今日、出会ったばかりのはずなのにね。明日には妻と紹介されるんじゃなかろうか。
レオさまは、うーん、と斜め上を見て考えを巡らせている。
「年が近くてお互い王子だからな、気が合うこともあって、なんとなく親しくはしているが、どういう人間かと言われると……まあ、一言で言うと、変わり者だな」
「変わり者?」
「ああ、キルシーは第七王子までいるからか、ウィルは王位継承権を早々に放棄している。だから気軽に我が国に遊びに来たりするんだな」
「ええ? そんなことが許されるんですか」
驚きの情報。王子でありながら、継承権を放棄。我がセイラスではそんな事例、聞いたことがない。
「キルシーは我が国と違って順番通りじゃないんだ。王の妃も一人じゃないし、王子同士で争って、優秀な者が王になる。つい百年くらい前までは、血で血を洗う継承権争いが行われていたそうだ」
「うわあ……」
「……歴史で習ってないか」
「習ったかもしれません」
ごくたまに抜け出していたときに学ぶはずだったことかもしれない。
「まあ、周辺の国々に倣って、少しずつ穏便な……」
けれどそこで、レオさまはケーキを食べようと持っていたフォークを止める。
そしてそれを、そっとお皿の上に置いた。
それからなにやら考え込んでいる。なにか引っ掛かったみたいだ。
「どうしました?」
「……そういえば、ウィルが以前、『欲しければ奪えばいい』と言ったことが……」
「ひい」
怖っ!
「そのときは、やはりキルシーの人間は少し過激なことを言う、と思った程度だったんだが……」
目を伏せて、しばらく黙り込んだあと、レオさまは肩を落とした。
「ああー……もしかして、奪われたということなのか?」
絶世の美女の婚約者を。
「そうは見えませんでしたけど」
単純に、その場で気に入った、ように見えた。
「それに、ウィルフレド殿下は姉がレオさまの婚約者とはご存じなかったのでは」
「その……はずなんだが」
内密にはしていたけれど、絶対に彼に漏れていないとは言い切れない、ということなのかな。
「まさか、私の婚約者だから奪おうと……?」
ブツブツと、口の中でそんなことを言っている。
そして、はっとしたように顔を上げる。
「そういえば、昔から私のものを欲しがった……!」
そう言いながら、頭を抱えた。
なにか幼いころからの恨みつらみがあるっぽい。どんどん思い出しているんだろうなあ。
「いや、確かにキルシー王国は欲しいものは奪えという国だが……」
「なんでそんな恐ろしい国と友好国なんですか」
「さっきも言ったが、今はそうでもない。昔はそうだった。時代とともに穏健派が増えた」
「なるほど」
「けれど、百年やそこらで、根付いている気質が消えるわけがないんだ……」
「……なるほど」
レオさまは、まだ頭を抱えている。
ちょっと落ち込みすぎではないですか。
「大丈夫ですって。私、近くで見てましたけど、その場で一目惚れしたって感じでしたよ」
「そうか?」
私の言葉に、顔を上げる。少し縋るような目つきだ。
だから私は深くうなずく。
「そうですよ」
「いや……でも……」
けれど安心できなかったのか、またうなだれてしまう。
普通の人みたい、と思ったけれど。
普通をすっとばしてちょっと情けなくないですか。
物語に出てくる王子さまみたい、と思ったことは、謹んで訂正させていただきたいと思います。




