13. 得意げに
「いったい……なにがあったんです?」
私もレオさまに合わせて神妙な顔をしてみる。
ここまでの話で、私が夜会前に予想していた『驚かせたいだけだった説』は、とりあえず消えた。
でもそれに似たり寄ったりの理由の可能性はある。
その場合、くだらなすぎて呆れた顔をしないように気を付けないと。相手は王子さまだし。
なので私はきゅっと唇を引き結ぶ。
レオさまは少し目を伏せてから、そしてゆっくりとこちらにその整った顔を向けた。
「実は」
「はい」
いやこの真剣な表情は、なにかすごい理由があるに違いない。
『王家の秘密説』を推そう。
おお、ついに知ってしまうのだろうか。王家の秘密というものを。
なんだかドキドキしてきたなあ。
なんだろ、なんだろ。
身を乗り出して耳を傾けていると、レオさまはわずかに眉をひそめた。
「面白がってないか?」
「面白がってません」
「ならいいが」
間髪を入れない私の答えに、レオさまは特に食い下がることなくあっさりとそう言うと、密やかな声で続けた。
「第一王子のときは」
「はい」
「婚約お披露目会で、婚約者が切り付けられた」
「ひい」
怖っ! 王家の秘密かどうかはわからないけれど、けっこう大変な話だった。事件だよ、事件。
怖がる私を他所に、レオさまは表情を変えないまま、再び口を開く。なので私はまた身を乗り出して耳を傾ける。
「第二王子のときは」
「はい」
「婚約お披露目会で、王子が切り付けられた」
「ひい」
なんで! なんで二人ともがそんな大事件に巻き込まれてるの。しかも婚約発表の場で。
ああ、なるほど。それで、衛兵が数多くいたのか。
第三王子のときも、誰かが切り付けられるのではないかと危惧されたのか。
お姉さまか、レオさまか。
いやでも切り付けられる理由なんて……あれかな、陰謀とかそういうのかな。本人の非に関係なく、狙われたのかな。
それこそが、王家の秘密なのでは。
「なんでまたそんなことに」
「自分のほうが相応しい、と二人とも言っていたそうだ」
「ははあ……」
犯人は、自分のほうが婚約者であるべきだと思ったってことか。
「でもそんな大事件、広く噂話になっても良さそうなものなのに、私、今の今まで知りませんでした」
私の言葉に、レオさまはこくりとうなずく。
「それは幸いだ。二回とも、高位貴族の令嬢の犯行だったんだ。だから内々に処理された」
「へえ……」
内々の処理。その内容はあんまり聞きたくないな。
「だから君も、このことは口外はしないように」
「はい」
ある意味、王家の秘密ではあるのか。
でもそこじゃない。切り付けられた理由が知りたい。そこが王家の秘密っぽい。
第一王子のときはその婚約者が。第二王子のときは王子自身が。そして犯人はどちらも高位貴族のご令嬢。
登場人物が全員、上級の方々じゃないですか。
陰謀の匂いがする。
「その……政治的な話なんですか?」
「うん?」
レオさまは小さく首を傾げる。思いもよらぬ質問をされたという表情だった。
あれ?
「えと、自分のほうが相応しいというのは、どういう理由なんです? やっぱり王子妃になると権力が得られるとかそういう」
もしくはその令嬢の背後にいる人がなんらかの利益を享受するとか。
「いや……それが」
レオさまは、顎に手をやって、また考え込む。
うん?
「私は当時、子どもだったから、記憶が定かではなくて聞いた話なんだが」
「ああ、はい」
「『私たちは愛し合っている』と言い張っていたらしい」
「……ちなみに、どちらの婚約発表会で」
「どちらも」
「……へえ」
ちょっと風向きが怪しくなってきましたよ。
そのまま素直に考えたら、それって。
王子二人とも、女癖が悪いってだけの話じゃないですか?
しかしレオさまは頭を抱えて言った。
「いやもう本当に、王家は呪われているとしか思えない……」
「呪い」
それ、呪いではなく、自業自得というものでは。
というか、なるほど、そういう前例が二例もあったから、夜会の国王陛下の御言葉の前に、妙な間があったのか。
あの場におられた高位貴族の方々はご存じなんですね……。
「あのう」
「なんだ」
「無礼を承知で申し上げますと」
「ああ」
「それ、単純に、男女間のいざこざというものでは」
だとしたら、今回の厳重な警備はなんなのか。
お姉さまは、そりゃあ恋文をたくさんもらってはいたけれど、どなたかと特別な関係になっていたということはない。
王家なら、そんなことはもう調査済みなのでは。
レオさまが、どなたかとお付き合いしていたとしたら……まあ、ありえなくはないのかな。
私、レオさまのこと、なんにも知らないし。
恋人の一人や二人、いたっておかしくはない。
その恋人が、「私というものがありながら!」と刃物を片手にやってきたとしたら。
……怖いな。
まあとにかく。
そんなことが、第一王子と第二王子の婚約発表の場で起きたと考えるのが普通なのでは。
「そう思うだろう?」
レオさまは私の推測に、その形の良い唇の端を持ち上げた。
あっ、得意げな顔だ。
綺麗な顔をしているだけに、ちょっとイラッとするなあ。




