12. 王家の秘密?
レオさまはカナッペを手に取り、あーんと口に入れてモグモグと口を動かしていた。ケーキよりクッキーよりカナッペを選択したのは、きっとレオさまもお腹が空いていたんじゃないだろうか。
こうして見ると、普通の人間なんだなあ、と思う。
あまりにも王子さま然とした外見だからか、食事とかしなくても生きていけるような気がしていた。
いやそんなわけはないのだけれど、王子さまって遠い世界の人って感じがして仕方ないし。
けれどこの人が、私の婚約者なんだよなあ。
なんだか変な感じだ。
私がそんなことを考えているうち、口の中のものを飲み込むと、レオさまは言った。
「とにかく、あの場で唐突に入れ替わりが行われた、というのは隠しておきたい」
「はあ」
セイラス王国としては、キルシー王国との間に波風は立てたくない。そのために、実はキルシーの王子が望んだ女性はセイラスの王子の婚約者になるはずだった、ということを隠し通したい。
だから、最初から婚約者は私だった、ということにしたいのだろう。お姉さまとの婚約話なんてなかったことにするのだ。
幸いかどうかは知らないけれど、婚約者がお姉さまであることは、公にはされていなかった。
「けれど普通なら長女のほうが選ばれるはずが、なぜか二女だった、というところに整合性を与えたい」
実際、選ばれていたのはお姉さまだった。というか悩んですらいないんじゃないだろうか。
絶世の美女だから、という理由だと思うんだけど、レオさまは長女だから、と言い張る。
そういうことにしてくれるのなら、まあ、黙っておこうかな。優しさに水を差すのもなんだし。
「だから、私が妹のほうを気に入っていた、ということにする。それが一番簡単でわかりやすい。それで、いいな?」
「お気の毒に……」
「なんでだ」
「いや……」
やっぱりちょっと可哀想だなあ、と思う。
だって本当ならお姉さまが妻だったんですよ。美女だし淑やかだし聡いし、きっと皆、弱小子爵家とはいえお姉さまなら、と思っていたんだろう。
なのにとんだ邪魔が入って、突如、特筆すべきところのない妹に変更になった。
しかも、『妹のほうを気に入っていた』ことにするということは、姉よりも見劣りする妹を口説いた、ということになる。
趣味が疑われませんか。
さらに、「妹のほうがいい!」と駄々をこねたことになるのだ。『第三王子がワガママ説』が本当になってしまう。
気の毒すぎませんか。
いや私たぶん、そこそこ可愛いほうだと思うけど、お姉さまと比べるとなあ。
私の金髪と、蒼玉色の瞳はなかなかだとは自負しているので。うん。
「あのう」
「なんだ」
「そもそも、どうして最初から姉が婚約者だって公表しなかったんですか?」
私の質問に、レオさまは次のカナッペに伸ばそうとしていた手をピタリと止めた。
うん?
その様子は気になったけれど、私はそのまま続けて言う。
「だって発表されるまで黙っておけって、すっごく強く言われたんですよ。それとなくでも流しておけば、こんなことにはなっていないんじゃないですか」
「ああ……」
せめて、夜会の最後に発表だなんてまどろっこしいことはせずに、最初に言っておけばよかったのではないのか。
レオさまはカナッペはとりあえず置いておいて、しばらく考え込んでから、その重い口を開いた。
「私には、兄が二人いるが」
「はい」
もちろん知っている。王太子殿下と第二王子殿下だ。
それがなにか関係が?
「二人とも、婚約発表は行ったんだが」
「はい」
お二方とも、すでにお妃さまをお迎えになられている。そしてそれぞれ、御子も何人かいらっしゃる。
レオさまは年の離れた末の王子なのだ。
前回の王子の婚約である、第二王子殿下のご婚約は、もう十年くらい前のことだったと記憶している。
それが?
「二人とも、婚約発表は、無事には終わらなかったんだ」
レオさまは神妙な顔をして、そう言った。
二人の間に、沈黙が落ちた。
窓の外からだろう、カサカサという葉擦れの音が聞こえる。
一人だけならともかく、王子二人ともの婚約発表が無事に終わらなかった。
いったいなにがあったんだろう。
今、私、もしかして。
王家の秘密に触れようとしている……?
これ、このまま聞いてもいいんだろうか。
そんな私の迷いを感じたのだろうか、心の奥を覗き込むように、レオさまの翠玉色の瞳がひたとこちらに据えられている。
大丈夫かな、でも私、王子妃になるみたいだし、知っておいたほうがいいのかな。
それに王家の秘密って、それだけでなんだかワクワクするし。
よし、聞こう。
面白そうだから!




