1. 姉妹
私のお姉さまは美人だ。
身内の欲目もあるのかもしれないけれど、夜会で一目見ただけの殿方からの求婚の手紙が引きも切らず屋敷に届けられるのだから、一般的に見ても美人なのだと思う。
透けるような白い肌。たおやかな身体の上に鎮座する小さな顔。美しく配置された大きな琥珀色の瞳。それを縁取る長いまつげ。すうっと通った鼻筋。蠱惑的な厚い唇。そして流れるようなプラチナブロンドの髪が、整った顔立ちを囲うように彩る。
あまりに美人なものだから、お父さまは日々届く恋文を吟味しまくっている。
「うーん……こちらは爵位がなあ……。後添え? なんだこいつは、ふざけてやがる。ああ、こちらは財政状況があまり良くないと聞いたしな……」
お父さまはぶつぶつとそんなことを言いながら恋文を開封していく。宛先のはずのお姉さまは、それらの文を読んだことはないはずだ。
我がコルテス子爵家は、王都から遠く離れた領地を持つ田舎貴族で。領地内はゴツゴツした岩肌が見えるような山ばかりで、農産物も多くなく。川は多く流れているけれど海に接してもいないので、海産物も期待できない。代々の子爵は、特に目立った功績があるでもなく。
本来ならば、嫁ぎ先を吟味するような立場にはないのだが、絶世の美女、という付加価値がついたお姉さまにはそれが許された。
私は鏡の中を覗き見る。
いや別に、そんな風にたくさんの恋文が欲しいわけではないのだけれども、ちょっと気にはなる。
そう、気になるだけだ。羨ましいわけではない、断じて羨ましいわけではないのだ。
鏡の中の私は、お姉さまに似ても似つかないということはない、と思う。ないけれど、根本的に系統が違う。
姉妹だからやっぱり似ているところもあるのだけれど、お姉さまのような儚げな美貌だったらよかったなあ、とちょっぴり思わなくもない。うん、ちょっぴり。ちょっぴりだけ。
「金髪と、蒼玉色の瞳はなかなかだと思うんだけどなあ」
頬に手を当てて、鏡の中の自分に向かってそう褒めていると、廊下から私の部屋を覗き込んでそれを見ていたお母さまが、呆れたように言った。
「プリシラは、やたら外に出たがるから、日に焼けてしまうのですよ」
「お母さま」
お母さまは腰に手を当てて、ため息交じりだ。
「アマーリアはお部屋で大人しくお勉強をしているから、あの陶器のような肌なのです」
うっ。話が嫌な方向へ。
「あなたは昔から木登りだの乗馬だのに興味を示していたから、なんだか少したくましいし」
……たくましい。そうでもないと思うんだけど。
けれど思わず左腕を上げて力こぶを作ってみせた。右の人差し指で、ちょいちょいとこぶになったところをつついてみる。うーん、少し硬いかも。
そんなことをしている私を見て、お母さまはますます呆れ顔だ。
「いつもいつも習い事から逃げるばかりで」
「いつもってことはないです」
ごくたまに。
「いったいいつも、どこに逃げているのです?」
私の反論は聞いてもらえないようだ。いつもじゃないのに。
「そろそろ白状なさい」
嫌だ、答えたくない。
「えーと、ですね」
そろそろとお母さまの立つ入り口のほうに向かう。
そして隙を見てその脇をすり抜けて部屋を出た。
「あっ、待ちなさい、プリシラ!」
そう声は掛けられるけれど、追いかけてはこない。これもいつものことだ。たぶん、もう諦めてしまったのだろう。
あれは秘密の場所なのだ。一人になりたいときに行く場所なのだ。
だから、誰にも内緒なのだ。
タッタッと廊下を駆けていると、曲がり角から誰かが出てきて、私は慌てて足を止める。なんとか間に合った、とほっと息を吐くと。
「まあ、プリシラ。どうしたの、そんなに急いで」
「お姉さま」
「もしかして、またお小言から逃げているの?」
くすくすと笑いながら、お姉さまはそんなことを言う。
「その通りです」
「まあ」
口元に手を当てて、楽しそうにうふふ、と笑う。
そうしていても、何をしていても、我が姉ながら絵になるなあ、などと感心する。
するとお姉さまは、こちらに手を差し出して言った。
「いらっしゃい、プリシラ。実は焼きたてのクッキーがあるのよ。お茶会をしようと誘いに来たの。それとも、またどこかに隠れるの?」
「いいえ! ご一緒します!」
「それはよかったわ」
そう言ってにっこりと微笑む。
綺麗で、優しくて、いつも私を可愛がってくれる。
お姉さまは私の、自慢のお姉さまだった。