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飛州三木家興亡録  作者: pip-erekiban
第二章 三木良頼の謀略
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永禄江馬の乱(八)

 そこへもたらされてきたのが、百騎そこそこの頭目が差し寄越した矢文である。

 江馬時盛も麻生野直盛も、自身の居館或いは居城に逼塞して戦う素振りすらなく、安房峠を越えてきた武田方をすんなり平湯村に引き込んだ。そんななか、江馬の姓を名乗る敵の頭目が一騎討ちを挑んできたということは、江馬時盛は一族郎党の統御に失敗したということを示していた。

 源四郎が戦前に渡した碁石金は武田の財の象徴であった。これを遍く家中に分配し、武田に与すれば斯くの如き利を得られるものぞとする江馬家中の世論形成に時盛は失敗したのである。

 飯冨源四郎は江馬時盛に失望するとともに、矢文を射込んできた敵の頭目の意図を過たず看破した。

 少なくとも敵の頭目は、源四郎が合戦を望んでおらず、形ばかりの派兵によって江馬時盛の服属を得て撤退するという意図を知らないものと考えられた。

 彼等にとって俄に来寇した武田の人々は、間違いなく飛騨を掠め取ろうとしてやってきた侵略者に他ならず、かかる侵略者のこれ以上の侵攻を阻止するために彼等は挑んできたものと考えねばならなかった。

 しかし人に乏しい飛騨という国柄、ようやく取り揃えた百騎そこそこの軍兵では合戦にならないことなど誰の目にも明らかであり、だからこその頭目は、一騎討ちという非常手段に訴えてきたのであろう。

 源四郎の見立てが誤りでなければ、敵将は一騎討ちを挑んできたとして、これに応じた当方の侍を討ち取ってしまうことは万に一つもないと考えられた。そのようなことをしてしまえば、いまは戦意に乏しい武田の軍役衆であっても、仲間の死をきっかけに暴徒化する恐れがあったからである。

 かといって一騎討ちに応じた味方の侍が、敵の頭目自身を討ち取ってしまえば、それこそ百騎そこそこの敵兵が死兵と化して打ち掛かってくることだろう。これを撃退することは可能であろうが、相当の犠牲は覚悟しなければなるまい。生じた犠牲を補填するには飛騨は財に乏しすぎる。割に合わない戦いになるだろう。信玄から与えられた命題に反することになる。

(意図的に引き分けに持ち込むつもりだろう)

 源四郎はそう思った。だがもとより確証のある話ではない。

 源四郎は矢文を手にしばし沈思黙考したのち、決然言い放った。 

「わしが参る。馬曳け」


 敵将に討ち取られず、また敵将を討ち取りもせず、敵将が引き分けを望んでいるだろうという見立てのもとに、この一騎討ちを無事終わらせるためには、最も信頼できる侍をこの決闘に差し遣わす必要があった。

 飯冨源四郎昌景にとって、その任を果たし得るのは、自分自身以外になかった。

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