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飛州三木家興亡録  作者: pip-erekiban
第二章 三木良頼の謀略
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三カ御所城塁落去之次第(五)

「官途授与の話はあらかじめ知っておったか」

 良頼は恐い眼をしながら古川済堯(なりたか)を睨み付けた。上座から見下ろされる屈辱と、その憤怒の表情に怯えながら、哀れ古川済堯はひれ伏し続けるしかない。

「知っておったかと聞いておる」

 良頼が重ねて問うが、済堯はこたえることが出来なかった。

「父上、この者は我等を愚弄致しました。恥をかかされたままで終わっては、この光頼も家中の者どもに示しが付きません。この場にてこの似非えせ貴族を叩っ斬ってしまいましょう」

 元服間がない光頼は、元服の儀式を執行するのと同時に国司叙任が果たされるという思惑が外れた恥辱を、勅使一行に直接ぶつけるというわけにもいかず、自分を差し置いて従五位下侍従に叙任された古川済堯をこの場にて斬り殺そうと言ったのである。

 しかし同じように怒りに打ち震える良頼ではあったが、さすがにかかる軽挙を許さず

「待て光頼。こやつを斬り捨てるなどいつでも出来る。わしに考えがある」

 とだけ言うと、蹴り出すように済堯を桜洞城から追い出した。

「父上、お考えとは」

 光頼の問いに、良頼がこたえる。

「うむ。よいか光頼。いま飛騨の三木家は他国より押しも押されぬ飛騨の盟主と目されておる。然るに先の勅使御一行ときたらどうだ」

「はい。まるで貴様らなど眼中にないとでも言わんばかりでした」

「そうであったな。勅使と聞いて家中の誰しもがそなた国司叙任と信じて疑わなかったが、禅昌寺の天下十刹入りでお茶を濁されたのはまさに恥辱というよりほかない」

 そこまでいうと良頼は、十刹綸旨を手にした屈辱を思い出したのか顔を真っ赤に染めながらわななき始め、続けた。

「この朝廷の三木軽視は、思うに父直頼の無分別のためよ。父は確かにこの三木家を飛騨随一の勢力に成長させはした。しかし父は飽くまで三カ御所を国司として推戴し続け、三木家こそ盟主と朝廷に向けて喧伝することを怠った。その結果がこれだ。したがってわしはな光頼」

 ここまで一気にまくし立てた良頼は、自分を落ち着かせるようにひと息ついた。そして次に言葉を切り出したときには、冷酷なほどに声を落として言ったのである。

「わしは飛騨国内の諸侍を動員して三カ御所を攻める。その結果を朝廷の連中に知らしめてやるのじゃ。

 所詮我等は武をもっぱらとする者。武家には武家のやり方がある。我等三木家の力を見せつけてやる」

 この言葉に光頼は

「それでこそ父上。飛騨の盟主の不動の決意と申すべきでしょう」

 と返したのであった。

 

 飛騨は俄に騒然となった。

 天文十三年(一五四四)に江馬常陸守時貞が蹶起して以来、十年ぶりの動乱が起ころうとしていた。しかも飛騨の盟主三木良頼の軍兵が標的にしたのは三カ御所の全てであったからその衝撃は大きかった。 

 飛騨国内の人々は

「御先代(直頼)は飽くまで三カ御所を敬ったものだったが、当代は遂にこれを滅ぼさんとするか」

 と眉をひそめて囁き合うほどであった。

 いよいよ三カ御所に向けて軍兵を発しようという良頼のもとに、駆け寄ってなおも諫言する者がある。誰かと思えば新九郎頼一である。


「良頼殿。出兵の儀、しばし待たれよ」

 頼一は逸る良頼を押し止めながら言った。

「既に当家の威勢は三カ御所を超えて飛騨随一のもの。今さらこれを滅ぼさんとするは、屋上屋を架するが如き行いで無用の兵乱と申すべきでしょう。思うに国司叙任の勅使を得られなかった腹癒せの挙兵とお見受けしますが如何か」

 頼一の諫止に接し、具足に身を固めた良頼は意外なりといった面持ちのままこたえた。

「いかさまそのとおりです叔父上。かくなる上は武によっていずれが上か朝廷に知らしめるべく、斯くの如く兵を起こしたもの。そこを退かれよ」

 良頼は押し止める叔父を押しのけてでも三カ御所を滅ぼす決意だったのである。

 しかし。

「よろしいか良頼殿。いま世上では、良頼殿は腹立ち紛れに無用の兵を起こさんとしているともっぱらの噂。国内の諸侍は三木家の威勢によって斯くの如く集まり申したが、大義なきいくさにいつまでも従う侍衆ではないことはようく覚えておきなされ」

 頼一の諫言は良頼の耳に痛いものであったが、既に国内諸侍を招集して三カ御所討伐の旗を揚げた以上、良頼には兵を退く選択肢は残されていなかった。

 良頼は嫡男光頼を伴った三カ御所討伐の兵を遂に挙げたのであった。

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