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飛州三木家興亡録  作者: pip-erekiban
第二章 三木良頼の謀略
72/220

三カ御所城塁落去之次第(三)

 ここで武家執奏という語が出た。飛騨三木家の事績について陳べる以上、避けては通れない語であるので説明を加えておく。

 これまで作中、縷々記してきたように、大名から朝廷に対して直接任官を奏請することを「直奏」と呼び、これはほんらいであれば固く禁じられた行為であった。

 武家が官位を望む場合、幕府の官途奉行摂津氏を通じて申請するのが基本であった。これは、元をたどれば在京官人の家柄で、公武それぞれの事情に通じる摂津氏を仲介役として置くことにより、公武間に跨がる交渉ごとを円滑に進めようという意図のもとに設計されたシステムだったのであろう。

 摂津氏を経由し幕府から朝廷に申し入れられた挙状(推薦状)は蔵人くろうどが受領する。蔵人とは謂わば天皇執事である。

 蔵人は受領した挙状を伝奏てんそう(取次)や勾当内侍こうとうのないし(朝廷の事務処理全般を取り扱う女官)を通じて天皇に披露した。これは謂わば根回しである。

 では何の根回しかといえば、授与すべき官職にはそれぞれ上卿(担当大臣)がいるのであって、補任されるべき武家の上司にあたる上卿の裁可がなければ、建前上は補任することが出来ない。しかしだからといって、上卿さえ許可すれば補任できるというのであれば、天皇の立場がない。したがって上卿宣(上卿から太政官外記局に宛てて出される推薦状)が発せられるより前に天皇に対して

「この者を○○に補任してよろしいか」 

 と伺いを立て口頭で裁可を賜る、という根回しが必要だったのだ。

 上卿宣を受領した太政官外記局が最終的に口宣案くぜんあんを作成することで、晴れて補任に至るという流れである。

 このあたりの縦割り具合は現代の行政組織にも通じる決裁システムといえよう。


 随分単純化して記したが、それでも武家に対する官途授与の手続きはこのように煩雑極まりないものであった。申請を受ける朝廷としては、ただでさえ煩雑な手続きを要するのであるから、出来るだけ手間を省きたかったはずである。

 武家執奏とは、何者にどういった官職を授けるか、という最も面倒くさい意思決定の大部分(全部ではないことに注意)を幕府に委ね、これに続く事務処理を機械的に進めるためのシステムだったのだ。

 しかし固く禁じるとはいっても、将軍不在京の情勢が頻出した戦国期のこと、京都にいない幕府を通じて官途を申請するというわけにもいかず、朝廷に対して官途受領を直奏する大名があとを絶たなくなる。官途授与によって礼銭を稼ぎたい朝廷の思惑も絡んで、直奏は次第に珍しいものではなくなっていった。

 このように武家執奏の建前が崩壊したといって良い現下、三木良頼が幕府官途奉行を通じて叙任を働きかけていないことを唯一の理由として飛騨国司叙任が認められないことは、良頼ならずとも心外にして不可解な裁定だった。


龍澤山禅昌寺之事、為十刹云々、然者可済于龍翔寺之由、被仰下候也、仍執達如件


 飛騨に勅使一行を迎えた一箇月後の十月上旬、朝廷より禅昌寺に十刹綸旨がもたらされた。

 良頼は、朝廷より路次番警固の連絡を受けてから今日に至るまでの経過を思い返していた。

 思い返してみてはじめて気づいたのであるが、光頼を国司に叙任するなどとは、確かに一度として聞いてはいなかった。

 全ては良頼が、

「連年朝廷に対し進物を献上してきたのだから、勅使は光頼の国司叙任を伝えるために遣わされてくるものに違いない」

 と勝手に思い込んだ上での独り相撲だったというわけだ。

 しかしだからといって良頼の望みも知らぬ朝廷でもなかったはずである。進物と共に連年送り続けた秋波に、公家連中が気付かなかったとも思われぬ。

 しかし、いまになって

「十刹入りなどどうでもようごさるから国司の職を」

 と言ってみても、

「直奏ゆえにお断りする。禅昌寺の十刹入りはその代わりである」

 といわれてしまえばそれまでである。要するに良頼は金づるとして利用され、いいように騙されたのだ。


(こんな馬鹿な話があるか!)

 十刹綸旨を手にしてわななく良頼の顔が、みるみるうちに真っ赤に染まった。

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