相次いで墜ちる将星(一)
江馬家下館に病臥しながら自らの両手をまじまじと眺める左馬助時経。
今を遡ること十九年前、大永五年(一五二五)に歿した父も、同じ光景を眺めていたのであろうか。
両の掌が真っ赤に染まり、仰臥する時経の顔面に血が滴り落ちそう見える。これを嫌って思わず目を背けると、待てども待てども顔に血が滴ってくるということがない。恐る恐る両手を見れば何のことはない、そこにはすっかり血色の悪くなったいつもの自分の掌があるだけではないか。
(さっき見えたのはなんだったのだろうか)
そんなことを考えながら引き続いてまじまじと掌を見ていると、手相を伝うようにまたぞろじわりじわりと血が滲み出してきて、滴り落ちんばかりに真っ赤に染まる、というようなことを繰り返した。
(これは幻だ。死が近付いているのだ)
意識が薄れ行く中、それでも左馬助時経は自分にそう言い聞かせて、この不気味な現象に恐怖の叫び声を上げることがなかった。それは、最期に臨んで夜着(布団)にくるまり、何者かの幻影に怯え叫び、周囲に恐怖を伝播させながら死んでいった父正盛と同じ轍を踏むまいと固く決意していたからであった。
生まれ落ちて五十年。
江馬一族庶流として一生を終えるべきだった自分が、三木家先代重頼の死を契機に兵を起こした江馬時重時綱父子に取って代わって、江馬惣領家を簒奪し得たのは、父正盛のおかげであった。
しかしその戦いとて、なにも自分が好きこのんで起こしたものではなかった。二年前の天文十三年(一五四四)に江馬常陸守時貞が挙兵した兵乱も、挑まれて戦っただけで自ら挙兵したものではなかった。
自分は、自分の意志で、一度として兵を起こしたことがないにも関わらず、生まれ落ちて五十年の、己が歩んできた道程をいま振り返れば、なんと血塗られた道であったことか。
時経はそのことを思い、深く嘆息した。
我が子時盛も同じ道を歩むのであろうか。出来ればそのような思いをしてもらいたくはない。
死の床にあって時経は、心の底からそう思ったのであった。
「一族相和して、三木家との盟約を重んじ、共栄の楽を供にせよ」
まこと戦国の世に似つかわしくない馬鹿げた遺言とは知りつつも、この言葉を遺すべく、時経は嫡男時盛を枕頭に呼び寄せた。
「父上、時盛参上仕りました」
父の枕許に座する時盛。
「よう来た。これより我が遺言を語って聞かせるゆえに、よう聞いておけ。
この時経、生まれ落ちて五十年。武士たる身なればこそ幾多の戦陣を踏んで、戦勝を至上の誉れとしてきたものであるが、その我が身に照らしても一族との戦いの後には、血生臭い、なんともいえぬ嫌な思いをしたものだ」
時経は息も絶え絶えにそう切り出した。しばらく肩で息をついた後、更に続ける。
「いま、江馬惣領家の家督は我等の手中にあるが、これとて三木直頼殿との盟約が堅固に取り結ばれているからに他ならぬ。
わしの存命中に時貞重富主従を討ち滅ぼし得たのは幸運であった。しかしそなたの代に至ってまたぞろ逆徒が出現しないとも限らぬ」
「菊丸のことでございましょうか」
「そうだ」




