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飛州三木家興亡録  作者: pip-erekiban
第一章 三木直頼の雄飛
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天文十三年の乱(五)

 経済封鎖を実施した時貞重富主従は、高原諏訪城を取り囲む最低限の監視の兵を残置したまま、兵の過半を今度は太平山安国寺に差し向けた。

 安国寺は南北朝動乱の中で戦没した人々の慰霊を目的として、臨済宗僧夢窓疎石の勧めに従い、足利尊氏直義兄弟が全国に建立した寺院仏塔である。飛騨では荒城郡荒木郷内に所在する太平山安国寺が建立されたものであるが、当代の寺院の多くがそうであったように、自らの利権を守るためには自力執行も厭わぬ時代のこと、この安国寺も濠や柵、塀によって守られる、さながら城の如きていをなしていた。時貞は、変事に接しては敵の前線基地として使用されかねない安国寺に放火してこれを焼き払ったのである。

 江馬時盛からの急使が三枝城に入ったのはそんなときのことであった。

「江馬常陸守時貞謀叛」

 この報せを聞いた三木大和守直頼は、焼けてくすぶる江馬家下館跡のあの光景を思い出していた。


 炭化遺体がそこかしこに転がり、悪心をもよおして思わず吐き戻しそうになった二十七年前のあの光景を。

 家中衆を指揮しながら、焼け跡を掘り返すまだ若かったころの時経の姿を。

 そして、探し求めるものが焼け跡の中に見当たらず、逃亡者がいずれ復讐戦を挑んで来るであろうことに思いを馳せて戦慄し、二人して押し黙ったあの時のことを。


 あの時感じた危惧は杞憂ではなかったのだ。復讐者は二十七年の歳月を経て、いままさに復讐戦を挑んできたのである。

「大殿の御出馬を願うまでもない。江馬時貞などひと揉みに揉み潰して見せましょう」

 八賀衆が口々に言って息巻く中、自身の出馬が必要かどうかは兎も角、直頼はこの敵を決して軽んじてはいなかった。

 敵は二十七年もの間、復讐心を胸に臥薪嘗胆の日々を過ごしてきた相手であった。越中飛騨間の国境封鎖も、放っておけば接収されて城として使用されるおそれがある安国寺を焼き払ったのも、事前に十分な準備をしてきた証拠と直頼には思われた。

 直頼は命じて地図を持たせた。

 謀叛勢に側撃を加え得る廣瀬郷は、廣瀬左近将監が死んだばかりで、その後継者山城守宗域(むねくに)は未だ若年であった。いくさに接してどこまでの働きを期待できるかは未知数だ。一応出馬を要請するにはしたが、全面的に信用できない弱味がある。その点、「弱い」とは言い条、廣瀬左近将監の死を契機として挙兵した常陸守時貞の決断は、断じて見込み違いなどではなかったということになる。

 また古川城の古川済堯(なりたか)、小島城の小島時秀なども、こと合戦という力と力のぶつかり合いに際してはほとんど無力といって良く、到底頼りに出来るものではない。

 このようであるから、謀叛勢はさながら無人の曠野を征くが如き、である。


 次の狙いは袈裟山千光寺か。

 阻む者のない国中くになかを南へ南へと驀進する謀叛勢が、次に衝突する壁らしい壁こそ千光寺であった。

新左衛門尉しんざえもんのじょう直弘に伝えよ。

 三佛寺城は守りを固め、城下に敵が迫ってもみだりに打って出るなと。

 新九郎頼一と右兵衛尉うひょうえのじょう良頼を鍋山城に籠めよ。謀叛勢が小八賀川を越えて三佛寺城に迫るようなことがあれば、鍋山より馬を出して謀叛勢を打たんがために」

 直頼は三佛寺城主直弘及び新九郎と嫡男良頼に急使を飛ばした。

 享禄四年(一五三一)に行われた戦い以来、十三年ぶりに起こった飛騨国内を舞台とする合戦に際して、直頼はほとんど自力でこの難局を切り抜けなければならない立場に立たされたわけである。

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