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飛州三木家興亡録  作者: pip-erekiban
第一章 三木直頼の雄飛
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東濃出兵(一)

 この国の盟主三木家の子息と、高原殿村の雄、江馬家の娘とが婚儀を挙行すると聞いて、普段は立ち寄ることもない飛騨の地に、今回ばかりは一座を率いて立ち寄った狂阿弥きょうあみであったけれども、新婚夫婦が住まうはずの桜洞城の城下町、中呂はなんともいえぬ沈鬱な空気に包まれており面食らった。大身たいしんの両武家が贅を尽くして婚儀を挙行した直後にはとても見えない。

(これは一体どないしたことや……)

 狂阿弥は流れる冷や汗を一座の者に見咎められはしないかと気が気ではなかった。

 それも無理のない話で、一座の者が

「飛騨の人々はさぞ貧しかろう。儲けが出るとも思われへん」

 と、こぞって飛騨興行に反対する中、狂阿弥だけが

「飛騨では同国盟主の三木家と、長く友好関係にあった江馬の両家が、いよいよ縁戚を取り結ぶ運びになったと聞く。婚儀で人の心が浮きたっとるときこそ我等の儲け時や」

 と、飛騨行きを強行した経緯があったからである。

 それがどうだ。

 人々の心が浮き立っているどころか、山間やまあいの狭い街道沿いの村や小さな街に活気はなく、ただひたすら昏く沈みきっているだけではないか。

 これまでも興行のために諸国巡業を重ねてきた狂阿弥であったけれども、当地を治める大小名の子息が婚儀を挙行したにもかかわらず、こうも沈んだ風情を醸す街というのは、狂阿弥にとっては初めて見るものであった。

 単に日照時間の短い山間の国という気象条件だけが要因とも思われない。昏く沈んだ、えもいわれぬ冷え切った空気。

「全然浮き立ってまへんなあ。妙ですな座長」

 弟子の黙阿弥が皮肉を込めたように言い、そして続けた。

「せやから皆反対しましたやろ。日の短い国に住む住民っちゅうのは、心まで暗く沈み込んで浮き立つっちゅうことがないもんなんどす。飛騨は儲けになりまへんって」

 座長に対する一時の冷え切った視線を、黙阿弥が代表しているものの如くである。狂阿弥はそんな黙阿弥の視線に気付かないふりをしながら、努めて明るく振る舞った。

「みな、兎も角もここは桜洞城に登城して、三木殿にご挨拶申し上げよ。そないせなんだら舞うもんも舞われへんからな」

 能楽に限らず、ある地域権力の支配領域で興行なり商いを行おうという者は、その支配者に対しあらかじめ断りを入れてから行う、というのが筋であり慣例であった。もしもそういった筋を通すことなく勝手に金儲けをしたとあっては、いずれからともなく侍連中が飛んできては引っ立てられ、身ぐるみ引っ剥がされて蹴り出されても文句は言えない時代だったのである。狂阿弥が桜洞城に登城しようと言ったのは、能楽興行を執行する許可を三木右兵衛尉(うひょうえのじょう)直頼から得るためであった。

 桜洞城を訪れた狂阿弥一座は三木家当主直頼との面会を望むという用向きを、桜洞城番兵に伝えた。

 狂阿弥一座はしばらく大手門前で待たされた後、敷地内に通された。

 直頼と面会するや、狂阿弥は深々とこうべを垂れながら

「御子息と江馬家の姫君とのご婚儀、心よりお祝い申し上げます。つきましては祝賀の能楽を披露申し上げたいと存じ、馳せ参じた次第にございます」

 と用向きを伝えると、直頼は却って申し訳ないという表情になって

「実は、江馬の姫君は祝言の晩に病で亡くなられたのだ」

 と言った。

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