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飛州三木家興亡録  作者: pip-erekiban
第一章 三木直頼の雄飛
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郡上出兵(六)

 遠藤・野田が引率する軍勢は二三百騎といったところか。郡上と越前とを往来する関所周辺に蝟集して、なんとしてもこれを死守する構えである。

 一方我が方へと目を転ずれば、鷲見すみ畑佐はたさをはじめとして三木家、白川照蓮寺、内ヶ島家、そして郡上御坊安養寺の掲げる旌旗がずらりと並び、千騎を超えて数の上では圧倒的優位だ。その優位を自覚してか、満々たる士気は戦う前から遠藤・野田の諸士を圧倒しているもののようにすら見える。


「我等父祖を同じくし、累代力を合わせて郡上の地に根を張ってきた一族のよしみのっとり汝等に告ぐ。

 無益ないくさはもとより好まぬ。関所を廃し路次を開けよ」

 鷲見貞保及び畑佐勘解由は口々に呼ばわったが、守護職土岐頼芸の命を拝して路次封鎖に当たっている遠藤新兵衛入道にも野田左近大夫にも、その勧告に従う肚などもとよりない。


 敵は動かぬとみた鷲見・畑佐は前進の采配を振るった。


 沸き上がる鬨の声。人々が踏みならす地響きが、身体を小刻みに揺らす。

「始まりましたな」

 新介直綱は本陣にあって、四郎次郎良頼に合戦の始まりを告げた。

 直綱が良頼を振り返って見ると、初めて見る合戦の様相に青ざめた表情を隠さない良頼。

(無理もないか)

 新介直綱は、繰り広げられる合戦を前に尻込みする甥良頼を、軟弱者と詰る気はなかった。諸人が鬨の声を上げ、それぞれ相手を殺すべく矢を射ては鑓を振り下ろし殺し合う様は、確かに恐ろしい光景であった。

 尻込みする良頼の姿を見ると、自分自身が初陣の芝を踏んだころを思い出す。これだけは本人に慣れてもらうしかない。

「良頼殿、共に」

 直綱は馬廻に命じて馬を曳かせるとこれに騎乗した。

 困惑顔の良頼であったが、大将である直綱の言葉に従わないというわけにはいかず、しぶしぶ馬を駆って前線へと躍り出たのであった。

 ただ、前線へ踊り出すとはいっても直頼嫡子を無駄に危険に曝すつもりなどもとよりない直綱は、より前線に近い位置、郡上御坊安養寺の一軍が陣取る地点にまで進出し、合戦とは如何なるものか、良頼を連れて間近に見分することにしただけの話であった。


 ここで両軍の陣容について説明を加えておくと、鷲見・畑佐連合の最前に立つのは無論鷲見貞保、畑佐勘解由。これを後援するのが実了率いる安養寺勢力。

 白川照蓮寺や内ヶ島勢、そして三木勢は後方で、更にその安養寺を押さえる位置に布陣していた。


 ほんらいこの合戦は郡上郡に根を張る鷲見・畑佐勢と、遠藤・野田勢の争いであった。実質的には鷲見・畑佐連合の主力を成していたとはいえ、飛騨の軍勢が最前に立つ謂われはなく、一乱の主役が郡上勢である以上、飛騨勢は飽くまで後方に位置する脇役に過ぎなかったのである。

 勝利が確実視されており、しかも最前線に立つ必要がない比較的安全な合戦。

 これこそ、良頼の初陣にこの戦いを選んだ直頼の思惑であった。

 無論新介直綱としてもその兄の思惑を理解しないわけではなかったのだが……。


 不意に、合戦を見分する直綱良頼の傍らに、流れ飛んできた矢が一本突き立った。

 これが本当に流れ弾であれば一顧だにする直綱でもなかったが、直綱は次に見た光景に瞠目した。

 それまで圧倒的に優位だった鷲見・畑佐勢を押しのけて、遠藤・野田の一団が安養寺勢に向け突出してきたのである。敵の決死隊と思われた。

 しかしこちらに向けて馬首を向ける遠藤・野田の決死隊を目の前にしても、直綱にはまだ余裕があった。それは、こういった場合でもあの決死隊を受け止める義務を負うのは、余力を残してすぐそこに布陣する安養寺実了の一軍であり、安養寺を差し置いて三木勢が郡上勢と刃を交えるのはこの期に及んでなお差し出がましい行為と考えられたためであった。

 しかしそれにしても様子がおかしい。

 安養寺勢に動く気配がないのである。


(動かぬつもりだ)

 直綱はさっと青ざめた。安養寺勢がこの期に及んで動かぬことと、かねてから聞き知っていた郡上郡の情勢とが直綱の頭の中で咄嗟に結びついた。

 安養寺は要するに、その末寺としての立場を重視して本願寺側に立つか、美濃在国の寺としての立場を重視して守護職土岐側に立つか、この期に及んで態度を決めかねているのである。

 実了は悩んだ結果

「芝には立つが、どちらにも合力しない」

 というどっちつかずの立場を取ったものに違いなかった。直綱はそのことに思い当たったのだ。

「汝は安養寺に兵を動かすよう督促せよ。汝は本陣に走りこの場に味方の兵を呼び寄せよ。他は合力して敵の一団を斥けるのだ」

 直綱は僅か十数騎の馬廻衆に矢継ぎ早に告げた。

 数の上では突出してきた遠藤・野田の一団と拮抗しているが、勢いが違う。敵は鷲見・畑佐の重囲を突破したばかりで勢いを保っている。翻って当方はといえば、まさか最前に立つと思ってもみなかった戦場で突如攻勢に曝されることになって気後れしていた。勢いの違いは明白である。

 敵を目の前に緊張する新介直綱。その視界の端に、四郎次郎良頼の姿が見える。明らかに尻込みしている。

 直綱は良頼の傍らに馬を寄せ、その騎乗する馬の手綱をしっかりと握った。

「逃げてはなりませぬ良頼殿。いま敵に背を向ければ容赦なく突っ殺されましょう。どんなに怖くてもここに踏み止まって戦わねばなりませぬ。肚を固められよ」

 そう言って良頼を励ました新介直綱だったが、その表情は血の気を失って真っ青だった。

 直綱は、あらかじめ知っていたはずの郡上郡の情勢と、安養寺の立場が即座に頭の中で結びつかず、絶対に安全だと思っていた戦場で思いがけず死地に立ってしまった自分自身を呪ったのであった。

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