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飛州三木家興亡録  作者: pip-erekiban
第一章 三木直頼の雄飛
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木曾侵攻(五)

 背後に飛騨国挙国一致の軍勢が編成されたと聞いて、新左衛門尉しんざえもんのじょう直弘なおひろも新介直綱もいっそう力を得る。

「兄上、この上は何ら臆することなく王滝に討ち入ることが出来るというもの」 

「応。もとよりそのつもりだ」

 先遣を司る両名の懸念は、なんといっても自軍が全滅の憂き目を見ることであった。死を恐れてのことではない。先遣たる自分達が敗れ去ることで、逆襲に転じた木曾の逆襲を受けることを何よりも恐れたのである。

 しかし三佛寺城に在城する長兄右兵衛尉(うひょうえのじょう)直頼なおよりから、国中の侍約一千騎を召集したとの連絡を受けたいま、たとえ自分達が敗れ去ったとしても、その大軍が必ずや木曾を追い散らし、国を守りとおすに違いないと確信すると、敗軍を恐れて退嬰的な戦術に終始する必要は微塵もない。無残にも伐採された木々を取り返し、殺された東藤の人々の仇を討つために、ただひたすら前進すればそれだけで良かった。

 三木先遣の意気は、否応なく上がった。

 一方、飛騨の良材を伐採し、妨害に打って出てきた東藤相模守の一隊を返り討ちに退けた木曾義元は得意満面だ。彼は自領の王滝村にあって諸衆の労をねぎらっていた。

 そこへ、軍馬の嘶きと鬨の声、激しく斬り結ぶ人々の喚声が聞こえる。

「何ごとか!」

 義元が問うと、その馬廻衆が本営に駆け込んできて

「飛騨の三木一党、王滝村に討入」

 と緊急事態を告げた。

 戦勝に驕っていた義元が陣幕を蹴破って外に出ると、そこにあるは百騎にも満たぬ軽騎兵が、木曾諸衆を次々と鑓の錆にしている光景であった。

「小癪なり三木の小倅こせがれども。東藤一党と同様返り討ちに討ち果たしてくれよう」

 義元は怒号と共に愛馬を駆って応戦に出る。

 義元は散りぢりになりつつある味方を叱咤しながら奮戦するが、崩れ立った陣営を建て直すのはもとより容易ではない。こうなってしまった以上は、名のある敵将を屠ることにより潰乱の様相を呈する戦局を一挙に打開しようと考え

「これなるは朝日将軍木曾義仲公の末裔義元である。我に引き合うと思わんものこそ出合え」

 と呼ばわるや、新左衛門尉直弘が、その大音声だいおんじょうに誘われるようにして義元の眼前に立ちはだかったのであった。前述のとおり、胴丸、喉輪を着し、額当てを巻いて、名のある将に相応しい兜も被らぬ直弘に対し、まさかそうとも知らぬ義元は

「下郎! 推参なり」

 と大喝して言下に退けようとした。

 しかし

「寄せ手の大将三木新左衛門尉直弘」

 と名乗る敵方に対し、下郎と蔑んだ相手こそ我の求めた名のある敵将と知った義元は、渾身の力を込めて打物うちものを振るう。

 軽装の直弘は、ひと太刀でも浴びれば致命傷になりかねないことから義元とつかず離れずの距離を保つ。

 駆け引きを伴う激しい騎乗戦は、盛夏の候も相俟って騎馬の体力を容赦なく消耗させていった。それだけに、より軽装の直弘を背に乗せる飛騨の大黒に先立って、木曾の黒鹿毛は激しく息を吐き、次第に走らなくなった。

 華美な具足一式を身につけた義元のなりは朝日将軍の末裔に相応しいものではあったが、騎馬が働かなくなったうえはかち立ちにても組討くみうちを挑まざるを得ず、転げ落ちるように下馬すると、もはや周囲に飛騨の軽兵がそこかしこに充満する戦場、新左衛門尉直弘が自ら手を下すまでもなく、義元はここぞとばかりに蝟集した三木勢によってたかってなますの如く斬り殺され、高々と首級を挙げられたのであった。

「都つづき小右兵衛尉、朝日将軍木曾義仲公がすえ、木曾義元公を斯くの如く討ち取ったり!」

 王滝村に三木家家人都筑小右兵衛尉の声が高々たと響き渡ると、激しく斬り結んでいた敵味方双方の干戈は止んで、一瞬の静寂ののち、飛騨諸衆から波濤のような歓声が沸き上がった。

 戦勝の報せはいち早く三佛寺城に詰める直頼、新九郎にもたらされた。間を置かず、討ち取った敵首を鑓の穂先に高々と掲げ、或いは奪還した材木を引っ抱えて、新左衛門尉直弘の一隊が凱旋した。

 飛騨国内の諸将が三佛寺城に参集するなか、三木右兵衛尉直頼は、木曾義元の首級を前に首実検の儀を執行したのち、勝ち鬨を上げた。国内諸侍はその身代の大小を問わず、手にした鑓や打物を突き上げ、直頼の声に呼応して鬨の声を上げたのであった。

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