吹き荒れる粛清の嵐(七)
「ここから始めねばならんのか……」
絞り出すような呻吟が、江馬家下館の焼け跡に響く。
見れば汚らしい形をした侍二人。怨敵江馬常陸守輝盛討死を知って、越中有峰から下ってきた和爾新右衛門尉と、その主君江馬時政であった。
先の八日町の戦いで輝盛が敗れ去ったあと、小島時光は高原に乱入し、累代の江馬家下館のみならずその詰城である高原諏訪城をも焼き払っていた。そのために、あたりを見渡しても、江馬家数百年の栄華を思わせるものはなにも残っていない。
その時政が、視界の一端に並々ならぬ妖気を湛えた一老翁の姿を捉えた。
髻を切った白い髪を乱し、自分たちより更に汚らしいぼろ布をまとった老人が、何やらもの言いたげにじっとこちらを見ている姿は異様というよりほかない。
「乞食かなにかでしょう。物を乞われてもあいにく持ち合わせもござらん。面倒ゆえ無視するに限ります」
そんなことを言わなければならないほど、時政はこの老人に魅入られているように、和爾新右衛門尉には思われた。
新右衛門尉の言葉とは裏腹に、時政と老翁は互いに示し合わせたように歩を進める。
声が届くところまで近づいたかと思うと、老翁はやにわに言った。
「我こそは江馬惣領家累代の家老、河上中務丞富信。それなるは江馬時政様とお見受けしますが如何に」
「なんと! 河上富信とな!」
これには如何に豪胆を誇る和爾新右衛門尉といえども驚きを隠すことが出来ない。河上富信といえば、時政の祖父時盛を曾て追い落とした輝盛派の重鎮だったからである。時政のみならず新右衛門尉にとっても旧主の敵というべき人物であり、その富信が自分たちの眼前に出現した所以こそ、時政による江馬家継承を妨害せんとするためではないかと新右衛門尉が疑ったのも無理のない話であった。
新右衛門尉はとっさに打刀に手を掛け、近づけまいとした。
しかし
「収めよ新右衛門!」
と大喝したのは他ならぬ時政であった。
「さすが江馬の血を引いているだけのことはある。
いかさま、それがしとて家老職の血を引く河上中務丞家の者。たとえ傍流とは申せ江馬の血を引いている以上、旧怨を忘れあなた様を当主と奉り、江馬家の再興を図るにやぶさかではない富信でござる。
江馬時政は必ずやここに現れるであろうと思い、ここにて待ち構えてござった」
富信はそうまでいうとその場に折り敷いた。
曾て江馬時盛を追い落とすために謀略の限りを尽くしてきた老臣も、輝盛討死によって惣領家の血統が絶えた以上、庶流を押し戴いてでも江馬家を復興させねばならなかった。それはもはや、これまで輝盛に仕えてきた、という富信一身の事情を越えた、河上家の本能とでもいうべきものであった。
そして庶流とはいえさすが江馬家の血を引く時政も、富信の志を一瞬にして看破した。
この男の言動に偽りなし、と。
「策はあるか」
時政はさっそく今後のことについて富信に諮問した。
「ご覧のとおり高原は見渡す限り一面の焼け野原。家人もちりぢりとなり、ここから再起を果たすのは容易ではございません。
しかし幸い三木の自綱は上辺(羽柴秀吉)と手切れに至ったと聞いてございます。我等一旦高原を捨てて上辺へと奔り、その尖兵として自綱を討った上で高原に凱旋すべしと考えますが如何に」
富信はそう答えた。




