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飛州三木家興亡録  作者: pip-erekiban
第三章 三木自綱の野望
202/220

吹き荒れる粛清の嵐(二)

 年は明けて天正十一年(一五八三)正月。

 自綱よりつなは焦っていた。

 雪が他国と飛騨との国境を塞いでいる間に、牛丸を滅ぼしてしまわねばならないと固く信じていたからであった。

 そして自綱はその命令を実行に移すべく何度も近習に命じたが、それは実行に移されなかった。

 自綱はいよいよ待てぬとばかりに諸衆を松倉城大広間に召集して告げた。

はかねてより小鷹利を攻めよと命じてきたはずじゃ。何ゆえにそれが果たされんか。早く牛丸を滅ぼさねば、高原(江馬家)のように我等に叛旗を翻すは必定であるぞ」

 と、口角泡を飛ばしながら怒鳴り散らすばかりである。

 無論

「それはあなたの言ってることが支離滅裂で、とても信じられないからです」

 などと直言する気骨の士はもう家中にいない。

 人々は自綱を恐れるばかりで平然と他人に責任をなすりつける発言をした。

「小鷹利攻めは、豊後守殿より差し止めの横車が入りましたゆえ……」

 と、みな口をそろえた。

 そう言ってでも責任を逃れなければ、殺されるのは自分なのである。

 こうなってしまえば半ば心神を喪失しつつあった兄に代わって国内の舵取りをしてきた鍋山豊後守顯綱こそ哀れである。顯綱は松倉城への登城を求められたとき、もはや自分の運命もこれまでかと諦めの境地に至ったのであった。


 顯綱は自綱がうわごとのように口走っていた小鷹利城攻めが正しいことだとは思わなかった。現下、牛丸又右衛門綱親に謀叛の兆しはなく、あまつさえ八日町に輝盛を討った殊勲の家柄だったのだから、顯綱が牛丸攻めを断行しなかったのは当たり前の話であった。

 もし心神喪失が疑われる自綱の下命に従って小鷹利城攻めを強行した場合、三木家がどのような事態に見舞われるか理解できない顯綱ではなかった。命令の正当性に疑義を持つ家中衆の何割かが参陣を拒否し、三木家の権威は地に堕ちることになるだろう。

 そう考えると顯綱は、自身が小鷹利城攻めを不可とした判断に誤りがあったとは、どうしても思えなかったのであった。


「よくぞ来たな」

 上座から顯綱を見下ろす自綱。その眼はさながら、戦場で敵兵を睥睨へいげいする武者の如くであった。

「先ずは問う。我が命令に違犯して小鷹利城攻めを行わず差し止めておるのは汝の横車のためと聞き及んでおる。それはまことか」

 自綱の問いに答えることなく、顯綱は言った。

「そのことをお答えするより先に、兄上に伺います。宣綱のぶつな殿のお声は未だ聞こえますか」

 この顯綱の言葉を聞いた途端、自綱の顔にカッと朱が差した。

「いまは汝の命令違犯について詮議しておるのだ。宣綱に何の関係があろう」

「宣綱殿のお声が聞こえているのかどうか、伺っております」

 顯綱は執拗に問うた。

 宣綱の名を聞いて自綱が錯乱するようなことになれば、自綱が正気を失っていることが誰の目にも明らかになるはずであった。自綱の命令は全てその異常な精神状態から発せられたものになり、以前と同じように皆がこれを無視するに違いないと顯綱は考えた。宣綱の名を執拗に口にして、却って自綱の錯乱を誘おうとしたのであった。

「先程来聞いておれば宣綱宣綱と。宣綱に何の関係があるか。そのようなことよりの問いに答えよ」

 目を白黒させ、口角に泡を溜ながら自綱が叫ぶ。やはり正常な精神を失っているもののように見える。


「皆の者、良く聞け。やはり兄は正常な判断力を喪失しておる。他ならぬ三木家当主にして姉小路古川の名跡を継ぐ兄ではあるが、かかる狂騒の者にこれ以上家中の舵取りを任せるというわけには参らぬ。今日より秀綱公に家督を譲り、兄上は押し込めるべきである。これは不忠ではない。御家の行く末を考えれば、却って忠義である!」

 顯綱は人々に向かって己が正当性を主張した。

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