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飛州三木家興亡録  作者: pip-erekiban
第三章 三木自綱の野望
201/220

吹き荒れる粛清の嵐(一)

 このころ、信長亡き後の天下の情勢はどうであったか。些か説明的にはなるが、同時期の飛騨の運命を大きく左右した時期なので簡潔を心懸けながら記しておきたい。


 天正十年(一五八二)六月二日に変が起こって後、明智光秀は山崎に羽柴筑前守秀吉の軍勢を迎え撃ったが敗れ去り、ここに「光秀の三日天下」は潰えた。秀吉は主君の仇討ちという一番手柄をひっさげて清洲会議を主催し、自らの意見を押し通す形で信長嫡孫三法師と信長の次男信雄の後見人に収まる。

 確かに羽柴秀吉は信長の仇討ちを果たしたし、織田家家臣団の中で勲一等というところに間違いはなかったが、それでも次男信雄、三男信孝そして三法師は存命だったのであって、このころはまさか、織田家の一奉行人に過ぎなかった秀吉が、主家を差し置いて天下の主催者にまで昇ることになるなど、誰ひとりとして予想していなかったに違いない。

 家康のように狡知に長けた人でさえ、しばらくはその時流を読むことが出来ず、後の天下人と干戈を交えているのである(小牧・長久手の戦い)。


 秀吉は前述のように織田信雄、三法師の後見人に収まったが、これに反発したのが三男信孝であった。

 俗説ではあるが、実は信孝は信雄よりも生まれの順番でいえば先んじていたが(いずれも永禄元年(一五五八)生まれ)、信孝は身分の低い側室腹だったことから誕生の報告が遅れ、三男扱いになったという逸話がある。  

 それが両者の対立の原因になったといわれているくらいだから、二人は不仲だったのだろう。


 そして不仲という意味では柴田修理亮と羽柴筑前の間柄も似たようなものであった。


 柴田修理が

「秀吉が信雄ならこちらは信孝を」 

 と言ったかどうかは知らないが、兎も角も柴田修理は羽柴筑前、織田信雄連合に対抗するように信孝を擁立して、ことあるごとに秀吉に反発するようになる。

 そして織田家の北陸方面軍総司令官ともいえる柴田修理が越前北ノ庄城に厳然として存在し、しかも越中にはその尖兵ともいえる佐々成政が上杉と対峙している情勢下、如何に江馬家を破ったからとて三木家が、こういった勢力と無縁でいられる道理など端からなかったのであった。


 八日町における戦勝によって権威を復活させた自綱よりつなであったが、やられる前にやってしまわねばならない事情は戦前と変わりがなかった。

 というのは、此度の八日町の戦いにおいて一番手柄を挙げたのはなんといっても敵将江馬常陸守輝盛を討ち取った牛丸又太郎親正だった。二番手柄は高原諏訪城に押し詰めて輝盛残党を皆殺しにした小島時光といったところか。いずれにしても、三木家に目立った手柄があったわけではない。


 三木家と縁戚を取り結び、残された姉小路三家の最後の一つとして、利用価値がまだまだあった小島家を叩く理由は、自綱にはなかった。

 その点、牛丸家は三木家との縁戚を持たない。しかも過去には三木家のひそみに倣い、主家である姉小路向家を放逐して小鷹利城を簒奪した牛丸家。

 自綱の心を昏く覆ったのは

「牛丸は輝盛追討の手柄をひっさげて三木家に楯突くのではないか」

 という猜疑心であった。

 なので自綱がその不安を払拭すべく

「牛丸を討て」

 と下命することは、少なくとも自綱にとっては既定路線であった。


 面食らったのは周囲の者だ。それも当然の話であった。

 牛丸家は八日町の戦いで敵将を討ち取り戦火の拡大を防いだ殊勲の家であった。自綱が内心疑っているような謀叛の兆しもその証拠もまったくなかった。要するに牛丸家を滅ぼす正当な理由がない。

 なによりも江馬常陸守輝盛が攻め寄せてきたと聞いたときには、その両眼に爛々たる戦意を湛え、往年の凛々しい立ち姿を見せた自綱は、八日町の戦勝後、あっという間に元のような「狐憑き」に戻ってしまったのだから、

「牛丸を滅ぼせ」

 という自綱の下命がなかなか実行に移されなかったことも無理からぬ話だったのである。

 自綱の命令は、一旦鍋山に在城する自綱舎弟鍋山豊後守顯綱のもとにもたらされることになった。

 三木家の政治体制は、うわごとのような自綱の命令を顯綱が審査するという、八日町戦前の情勢に戻ってしまったのであった。

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