八日町の戦い(七)
寄せ手は松明を片手に小島城の濠際まで進んだが、城方が放つ矢の標的になることを恐れたためか、ある程度の距離に達したところで惜しげもなくこれを捨て去る。
寄せ手が手にする灯りを目標に弓矢を引き絞っていた城方は、突如灯りが消えたあたりに狙いを定めて
「あのあたりか」
と暗闇に矢を放ったが、闇夜に鉄炮の喩えどおりで効果があったかどうか分からない。寄せ手は怯まず進んで木柵に向かって鈎縄を投げた。
城方はといえば尺木に巻き付いた鈎縄を鑓や刀で切断して、引き倒そうという敵の企てを許さない。
確かに夜半、突如として攻撃を仕掛けられた小島時光は驚愕し、その意味で奇襲効果がなかったとはいえないが、しかし一旦いくさが始まってしまえば戦うしかないのであって、城方は心をひとつに防戦する。
もし夜が明ければ、輝盛の挙兵を察知した廣瀬、牛丸、そして三木勢が後詰に押し寄せて全軍壊乱の憂き目を見ることが明らかだった輝盛は、城の木柵を巡る攻防になど時間を費やしてはいられないとばかりに、攻撃開始から幾許も経ずして総掛かり(総攻撃)を命じた。
河上中務丞富信は
「殿、お待ちあれ。夜半で前後の状況も掴めぬまま前進を命ずれば死者傷者数多にのぼりましょう。落ち着いて定石どおりの攻めを継続すべきです。夜明けまではまだいくらか時間があります」
と諫言したが、輝盛は
「いや、これまでの戦況を鑑みるに敵方は一致団して容易に城を抜ける気配がない。降伏勧告に応じるか、さもなくば開戦劈頭一撃を加えれば容易く降伏を申し出るであろうという我が目算は狂った。
このまま悠長に攻めておれば、夜明けと共に敵の後詰がこの戦域に押し寄せてくるであろう。兵力に余裕があるならいざ知らず、この人数ではどう考えても敵の後詰を迎え撃つことなど出来まい。夜明けまでになんとか城を落としてしまわねば危うい」
と、これを容れなかった。
献策を斥けられた河上富信は憤然として本陣を離れた。
攻勢を継続する自陣に帰った富信は、輝盛の指揮に従いなおも押し詰めようという麾下の侍共を
「徒に命を無駄にするな。攻勢を止めよ」
と制した。
「しかし殿より城へと押し詰めよという御諚。我等の攻勢を前に城方も破綻寸前のように見えます」
侍共はこのまま攻勢を継続すれば間もなく城は落ちるであろうという見立てを陳べたが、それは富信にとっては寄せ手の希望的観測にしか聞こえない話であった。
「馬鹿を申すでない。見よ。我等は未だ三の丸の木柵すら引き倒してはいないではないか。城がまだまだ健在であるのに取り付いて攻め寄せるから、次々と死傷者が出ているのが見えないのか。間もなく攻勢は頓挫するであろう。無駄に命を捨てるな」
富信にそう言われて麾下の侍共が城を見れば、確かに城方は柵や兵を恃んで盛んに弓を射かけ或いは石礫を投擲し、そのために攻め寄せる味方は次から次へと追い落とされているではないか。濠際には味方に収容された負傷者や戦死者の遺体が至るところに転がる惨状であった。確かに間もなく攻め落とすことが出来るなどというのは、懸命に攻め寄せる寄せ手の願望に過ぎないものであった。
一方の城方では、普段は公家然として物事を即断することがない小島時光が城兵を叱咤して懸命の防戦だ。
「夜明まで持ち堪えれば必ず味方が来援する。それまでは持ち場を堅持して敵に渡すな」
と、往古の軍事貴族を思わせる奮闘ぶりを見せて、猛者揃いの江馬勢を寄せ付けない。
冬の候が近く日の短い季節であったが、東の空が次第に白みがかる。夜明けが近い。こうなれば城方は勝利を確信してますます意気が上がるし、寄せ手は焦って悪手を踏むばかりであった。
輝盛は撤退を決断しなければならなかった。
一旦攻勢を中断して人々を集めてみれば、死者傷者数多である。
「誰か殿軍を引き受ける者はないか」
輝盛の問いに答える者は誰ひとりない。
味方の敗勢は必至であり、いま背中を見せれば城から追っ手が繰り出されてくることは疑いがなかった。背後を痛打されれば如何に精強を誇る江馬勢とてひとたまりもない。しかも味方は長時間の攻勢を敢行した直後で疲労甚だしく、このうえ更に殿軍の任務を行うとなると生還は期しがたい。人々が殿軍を嫌がるのも無理のない話であった。
そこへ敢然、名乗り出た者がある。見れば老臣河上中務丞富信である。
輝盛は
「富信、汝はならぬ」
と制した。
しかし富信は聞かなかった。




