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飛州三木家興亡録  作者: pip-erekiban
第三章 三木自綱の野望
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八日町の戦い(五)

 輝盛が反三木家の旗印を掲げて挙兵したのは天正十年(一五八二)十月二十六日のことであった。本能寺の変より五ヶ月ほど経過しての挙兵であった。遅きに失した挙兵と思われるかもしれないが決してそうではない。輝盛なりの勝算があって、特にこの時期に兵を起こしたものであった。

 確かに本能寺の変をきっかけとして各勢力は或いは虚脱状態に陥り、或いは境目を巡って大変な惑乱状態に陥ってはいたが、それでもどのような力関係をきっかけにして飛騨に食指を動かすかは、全く当該勢力の置かれた事情やそれに基づく他人の決断に委ねられなければならなかった。

 輝盛自身が

「他国者が飛騨如きに食指を動かすことなど、万に一つもあるまい」

 と高をくくっていたとしても、他国の勢力は侵入してくるときには容赦なくやって来るものなのである。それは全く、輝盛がコントロール出来る事象ではなかった。

 これまで武田の侵入を受けてきた高原の江馬家には、その記憶が生々しく残っていた。自分たちにとって都合の悪い事情を無視し、信じたい情報だけを信じて挙兵するのは簡単だった。しかしその結果として他国の干渉を招いたような場合、重い代償を支払わされるのは他ならぬ自分自身であった。自分の力が及ばない事象に家運を賭けるほど、輝盛は愚かではなかった。


 輝盛の挙兵が十月下旬までずれ込んだのは、冬の到来を待っていたためであった。

 人間側の都合に関係なく、雪は容赦なく人々の活動を停滞させた。軍事的にどれだけ優位に立っていたとしても、雪のために路次を閉ざされてしまえば、そのために往来は不可能となって優位を失いかねないのが雪というものであった。事実、冬将軍の訪れと共に軍事的優位を失った例は古今問わず無数に存在する。

 そして十月も下旬ともなれば冬の訪れはもはや時間の問題であった。雪は間もなく飛騨を他国から隔絶してしまうことであろう。雪によって他国からの干渉を排除した上で、輝盛は三木家と差しの勝負を挑むつもりだったのである。


 一方、輝盛がいくら必勝を期していたからといっても、国中くになかを押さえる三木家と高原の領主にとどまる江馬家とでは、動員できる人数に大きな隔たりがあった。無論そのあたりの道理をわきまえず挙兵した輝盛でもない。

 高原から街道を南下して大坂峠を越えると、まず最初にぶち当たるのが杉崎の小島城であった。国中への入口を扼するこの城さえ抜いてしまえば、その勢いを前にきっと国内諸勢力は雪崩を打って江馬家に靡くであろう。兵力差はたちまち逆転し、戦局は一挙に江馬家優位に傾くものと思われた。兵力寡少ながら輝盛には勝算がなかったわけでは決してなかったのである。


 輝盛は小島城に軍使を派遣した。


 小島家といえば姉小路家嫡流であり、いにしえより連綿と続く三カ御所の最後のひとつ。その小島時光公が、古川の家名を簒奪した三木家如きの下風に立たされている現状を、この江馬家と共に打ち破りましょう。本意を果たされるのは今をおいて他にありません。


 輝盛はこのような手紙を軍使に持たせて小島時光に降伏を勧めた。

 小島城主姉小路小島時光は高原から突如もたらされてきた降伏勧告に驚愕した。無論小島時光とて三木家が強勢を保っておれば一顧だにする降伏勧告ではなかったが、いまや三木家は織田信長の後ろ盾を失い、しかも親類縁者を立て続けに殺害して、亡き和州公直頼が飛騨に王道の政治を敷いたころのような一族の結束を失いつつあった。自綱は心神に異常を来し、前後の見境を見失っているとも聞く。

 他方、これから攻め来たろうという江馬家はといえば、当主常陸守輝盛を筆頭に武勇の士、数多あまた


 果たして敵し得るや否や。


 この不安が小島時光を襲って順逆を決断できない。

 時間を引き延ばせない事情は輝盛も同じことで、小島家から何の返答もないことからもはやこれ以上の延引は不要とばかりに出陣した輝盛。累代の什宝のうち、小鴉の太刀を佩刀し一文字の薙刀を得物として、斐太の大黒を駆る。三星一文字の旗に金幣の馬印を掲げ、国中を目指して猛然と八日町橋を渡る江馬勢は、輝盛を筆頭に小島城下へと押し詰めた。

 即時に城を食い破り、国中に雪崩れ込むためであった。

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