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飛州三木家興亡録  作者: pip-erekiban
第三章 三木自綱の野望
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武田滅亡(七)

 青天の霹靂とはこのことである。少なくとも江馬常陸守輝盛にとっては武田家討伐の話はそういう類いの話であった。

 江馬時政のように武田家中に身を置く立場ではなかった輝盛は、仁科五郎が越後根知城に進出したことを契機に武田に通じはしたが、永年上杉の支配下にあった根知城に武田方が進出してきたからには、その武田家の滅亡が間近に迫っていることなど想像出来ない話であった。

 確かに遠州高天神城が一年前に陥落したという情報を知らない江馬輝盛ではなかった。

 しかし遠州方面において武田家は、徳川家康と激しく取合とりあいを展開しており、輝盛にとって高天神城陥落はそういった取合の一環でしかなかったのである。まさかその失陥から一年を経ずして、武田領国が斯くも大規模に崩壊するなど、俄に信じがたい話であった。

 

 しかしそれは現実として輝盛の眼前で繰り広げられている光景なのであり、そうである以上輝盛が取るべき方策はたったひとつ。

「信長に従属し、武田攻めに加わる」

 これをおいて他にない。


 確かに現下、江馬輝盛は仁科五郎に服属を申し出て受け容れられた立場であった。しかしそれなど眼前に迫る大勢力から生き延びるための方便に過ぎず、武田に忠節を尽くす義理など輝盛は最初から持ち合わせてはいなかった。

 聞けば織田勢は怒濤のような勢いという。

 木曾が蜂起して以降、妻籠口から濃尾の兵が信州に乱入するや、下伊那の諸城は戦いもせず続々と自落して、仁科五郎の籠もる巨郭高遠城は一日も持たず落城、ここでも勝頼は後詰を怠り、あまつさえ新城を捨てて遁走したというのである。いまや甲信の国衆で勝頼主従を助けようという者は、譜代はもちろん一門親類の中にもなく、曾て大国武田の総帥として君臨した勝頼は僅かな供回りと共に甲斐国内を逃げ回るの惨状と聞く。

 

 輝盛は武田の急速な崩壊を当初は容易に信じなかったが、このような甲斐の惨状を聞いて、織田方として参戦することを決意したのであった。

 江馬常陸守輝盛が武田攻めに加わる旨を表明したのは三月十一日のことであった。


至今、信州出陣之由承候条、罷出候、殊被出御馬旨、於其段者、於信州御礼可申上候、弥御取成奉頼候、恐惶謹言

  三月十一日          輝盛(花押)

    矢部善七郎殿参御宿所


 武田勝頼が天目参に滅んだのはこの三月十一日のことであった。

 輝盛の表明は遅きに失した感はあるが、遅参を理由に処断された形跡はない。甲州征伐という大事業を成し遂げた信長にとって、奥飛騨の一小豪族の去就など取るに足らない小事だったということだろう。

 それにしても油断ならないのは小豪族の生き残りにかける執念だ。輝盛が信長家臣矢部善七郎に宛てて出した書状のことである。

 遅れたとはいえ輝盛が信長家臣に対してこのような書状を発送できたということは、少なくとも輝盛は、矢部善七郎に信長への取成を求めることが出来る程度の付き合いはあったということになる。

 織田家と武田家とは不倶戴天の敵だったのであり、輝盛は決して交わることのない両家を股にかけて両面外交を展開していたのである。

 しかしこれによって輝盛が信長一辺倒の外交を展開し得たかといえば、話はそう簡単ではなかった。このとき退潮著しかったとはいえ、上杉は依然として越中に橋頭堡を確保し続けていたからである。江馬輝盛は信長に重点を置きながらも上杉との友好を保つ、新たな両面外交を展開しなければならなかった。

 自家の生き残りに忙しい暉盛は、武田家滅亡の混乱のなか、仇敵江馬時盛の孫時政が、和爾わに新右衛門尉しんえもんのじょう等の供回りを引き連れて越中有峰に潜伏したことに、未だ気付いてはいなかった。

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