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飛州三木家興亡録  作者: pip-erekiban
第三章 三木自綱の野望
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武田滅亡(一)

 宣綱切腹す。

 

 この報せは国中を駆け巡り、それは塩屋筑前の耳にも届いた。塩屋筑前にとって宣綱の存在は飛騨における経歴の集大成であった。

 塩屋筑前守秋貞が、未だ塩屋善七を名乗っていたころ、塩屋は天文十三年の乱(一五四四)で手柄を上げて士分に取り立てられた。

 以来三十五年。

 三木家の国司叙任、或いは姉小路古川の名跡継承の裏には、塩屋筑前の拠出した大金があった。これがなければ和州公直頼以来の悲願だった国司叙任も姉小路古川名跡取得もならなかったはずであった。

 そして塩屋筑前が看破したとおり、宣綱は生まれながらにしての国司であった。塩屋筑前が飛騨三木家という一小豪族に投じてきた財が、宣綱の代に至って遂に花開いたのである。

 そして宣綱には、先代良頼や当代自綱が決して身に帯びなかった高貴の風情を身にまとい、国司に相応しい仁と徳を備えた人物に育ったものであった。その証拠に、塩屋筑前が自綱の許を辞することを決意したとき、宣綱は塩屋に対して

「いずれまた会うときが来る」

 という言葉をかけ、塩屋はその言葉のために感涙にむせんだものであった。

 その言葉どおりに再会を果たした折には、感激のあまり泣き崩れる塩屋に対し、

「泣くな塩屋。笑え」

 という言葉をかけた宣綱はもう飛騨に、否この世にいない。


 塩屋筑前守秋貞には、宣綱のいなくなった飛騨にこれ以上留まる理由がなかった。彼は今一度、一族郎党を引き連れて雪深い飛越国境を越え、越中栂尾(とがのお)に入ったのであった。

 しかしそれは以前のように上杉に従属したものではなく、新たに織田家に従属する一土豪として入部したものであった。

 自綱の許を辞しはしたが、だからといって反織田に転じることが出来るほど越中の情勢は生やさしいものではなかった。


 同年(天正七年、一五七九)四月、自綱は松倉城に入城した。

 高山盆地を眼下に見下ろし、街道に睨みを利かせる要衝である。宣綱切腹の報せと共に国内を駆け巡ったのが、この松倉城の完成と自綱の入城であった。


 二つの知らせを聞いて、江馬えま常陸守ひたちのかみ輝盛てるもりの心中は穏やかではない。

 曾て固い同盟に結ばれていた三木直頼と江馬時経の友誼が過去のものとなって久しく、時盛の代に至っては二度にわたり三木家に叛いた江馬家である。

 輝盛はその時経ときつね系江馬家と対立した時重時綱系の旧惣領家に属する、謂わば正統の江馬家であり、時盛討伐に際して三木家と協働した過去もあるにはあったものの、だからといって嫡男宣綱を生害に追い込んだ自綱がいまさら江馬家に対して友誼の手を差し伸べるとも考えられなかった。

 時盛の代には武田家とも気脈を通じた江馬家であったが、いまは武田の影響力はすっかり影を潜め、謙信存命のころは三木家の命令に従って越中在番に服しただけあって、江馬家中に親上杉の世論はいまも多い。

 しかし御館の乱によって大きく力を落とした上杉は、とても曾てのような頼れる存在ではなくなっていた。上杉の運命は風前の灯火であった。

 こうなれば輝盛とてこれ以上上杉に与するというわけにもいかず、越中における織田方の一土豪として身を振らざるを得ない。三木家と同じ織田陣営に属することを選んだわけだが、だからといって、曾てのように固く手を携えることが出来るような関係に戻ることももう出来なかった。謙信存命中には、良頼が飛騨に逼塞していると聞いて強烈な不満を抱き、三木家に対する当てつけよろしく越中在番を放り出して帰国したこともある輝盛であってみれば、なおさらだ。


 輝盛は自綱が松倉山の山上に堅固な城を築いたことで、近々三木の兵を受けるのではないかと秘かに危機感を抱いた。


 果たしてその危惧は的中した。

 自綱は天正七年六月、改めて織田方が越中攻略の兵を起こしたどさくさに紛れて、高原に兵を進めたのである。

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