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飛州三木家興亡録  作者: pip-erekiban
第三章 三木自綱の野望
174/220

一族の和、乱すべからず(一)

 話は少し遡る。

 自綱よりつなにより諸将が桜洞城に招集される直前である。

 思い詰めたような表情で二人の弟――秀綱と季綱すえつなに相対するは嫡男宣綱(のぶつな)である。宣綱はこう切り出した。

「私は命を賭して父上に諫言申し上げるつもりである。いま国内の人々は織田家から課される諸役に疲弊し、加えて新城の普請役まで課され、不満が鬱積している。既に新城完成間近の(みぎり)、遅きに失した感はあるが、誰かが声を上げねばならん。少なくとも来春の越中軍役だけは断るよう、父上に諫言申し上げようと思う」

 この言葉に驚いたのは秀綱であった。

「お待ちあれ兄上。いまは諸役重なって確かに国内に不満が渦巻いております。父上のお耳に届かない怨嗟の声を知らぬ我等ではございません。しかしそれは皆が父の権勢を恐れて直言できないでいるためです。いま諸衆が背負う苦役を父上に訴え出たところで、謀叛の心根ありと指弾され成敗の憂き目を見ることが明白だから、誰も声を上げないのです。

 このまま順当に行けば放っておいても兄上には三木家の家督が転がり込んで参ります。人々が心待ちにしているのは兄上の仁政です。いま、兄上がいて父上に諫言などし、成敗されるようなことになればそういった人々の期待を裏切ることになります。

 父上に諫言なさろうなどと短慮を起こし賜わず、御自身が家督を継承なされたあとに、思うさま国司の仁政を敷かれたら良いではありませんか。

 なので諫言の儀、いま一度御再考のほどを」


 これには宣綱も感じるところがあった様子だが、しかしもとより宣綱とて伊達や酔狂で諫言などと言い出したわけではなく、決意は固い。

 宣綱は言った。

「いかさま、いまの父上はたとえ私が諫言申し上げても取り上げては下さらんだろう。私は何も父上に取り上げてもらいたいから諫言申し上げるのではない」

「ではなぜ」

「いみじくもそなたが申したとおり、私がこの三木家を継承することを望む声があることを知らぬ私ではない。全くこの小身に余る栄誉だ。それはさておいて……。

 その私がこの者こそと思う人物がある。あとのことはその者にさえ任せておけば大丈夫だと思えばこそ、私は安心して父上に諫言申し上げることが出来るというもの……」

「その者とは……まさか……」

「そう、そなたのことだ。秀綱」

 

 驚きのあまり二の句を継ぐことが出来ない秀綱。

 沈黙が座を覆う。

 秀綱はどう答えて良いやら皆目見当がつかないという様子である。

 その秀綱を、宣綱はじっと見詰める。自分がかけた言葉に対し、弟がどう反応するか見極めようとしているものの如くであった。

 秀綱がおもむろに口を開いた。

「私は……私自身を呪います。

 兄上のお言葉こそ身に余る栄誉でございますが、ではこの私が手の付けられない阿呆であれば兄上は諫言を思いとどまったのかと思うと、いまからでも阿呆の振る舞いを惜しむ秀綱ではありません。私は……、秀綱は……、いまから当代きっての阿呆になります!」

「馬鹿者!」

 宣綱は涙ながらに訴える弟を声を荒げて叱責した。私が望んだのはそんな言葉ではないとでも言いたげである。

 宣綱は続けた。

「よいか秀綱。いま父上は自らに与党する人々のみ集めて身辺を固め、反対する者はたとえ身内であっても容赦なく成敗する方針で臨んでおられる。鍋山なべやま左衛門佐さえもんのすけ殿や岡本豊前守殿の最期がそのことを示しておる。そのために人々は恐怖し、誰も本当のことを言えないでいる。

 そしてこういった時節だからこそ、他の誰でもない、私が声を上げねばならんのだ。

 確かにいまの父上のやりようを目にすれば、嫡男とはいえ諫言に及んだ私が赦免されることは万に一つもないだろう。私は切腹を申しつけられるかもしれない。しかし私が死ぬことによって、三木家の子息は人々の苦しみが分かっていると人々に理解されることにはなるだろう。私が死んで父上が退いた次が、そなたの出番である。満を持して思い通りの国づくりに励むが良い。姉小路古川の、そして飛騨の新しい歴史を刻むのは秀綱。そなたしかいない!」

「だからといって……!」

「これ以上の抗弁は不要! 汝こそ兄の志を汲んで国司仁政を敷くべし。たったいま、しかと申し付けたぞ。兄からの最初で最後の命令である!」

 宣綱はさながら宣言するかの如く言った。

 もはや秀綱に言葉はなかった。

退出しようという兄の背中が、涙で歪んで見える秀綱なのであった。

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