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飛州三木家興亡録  作者: pip-erekiban
第一章 三木直頼の雄飛
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古川没落(三)

「それは……そのようなことをすれば主に叱責されます」

 小島家中衆はしどろもどろになりながらそうこたえた。

「祝賀品を納めておいてやろうというのだ。我等が納めた祝賀品を、祝賀の使者に振る舞って何の不都合があるか。さあ、飲んで見せよ」

 渡部筑前に詰め寄られて小島家中衆が額いっぱいに脂汗を浮かべる。しどろもどろになりながらなおも

「飲むにしても器がござらん」

 と、苦しい言い抜けだ。

「枡を持て」

 渡部筑前のひと言で枡を手渡される小島家中衆。

「それ、そなたの欲した器である。そちらが欲した物を当方に準備させたからには、飲んでいただこう」

 こう求められては最早言い抜けできぬ小島家中衆。意を決して枡に酌んだ酒を飲み干した。

 次に小島家中衆を襲うであろう異変に目を凝らす渡部筑前。

 しかし枡ひと酌み如きの酒で顔色が変わるほどに酔う小島家中衆でもない。

「手前味噌ながら美酒でございます」

「なんともないか」

 渡部筑前の言葉がなにを意味するか理解できない様子の小島家中衆は

「は……?」

 と生返事をする。

 異変に襲われる様子は全くない。

「なにを疑っておいでか知りませんが、ごく普通の酒でございます 」

 小島家中衆は、渡部筑前が毒酒と疑ってこのような仕打ちに及んだことをようやく悟ったのか、怒りを含みながら続けた。

「このような仕打ちは全く心外です。帰って主に必ず伝えましょう」

 渡部筑前とてもとより追い返すつもりだった相手であり殊更引き留めるつもりなどなかったが、疑った相手が実は潔白だったと分かり、なんとも気まずい空気を醸す門前。

 渡部筑前は己が見立てが誤っていた過失を認めるどころか

「ふん! こんなものはこうだ!」

 と、憤然酒樽を蹴倒し、中身をそこら中に余さずぶちまけたのであった。


 渡部筑前は小島家中衆から受け取った蒔絵の箱一つを手に、御殿へと引き返していった。

 渡部筑前は箱を済俊なりとしに差し出しながら言った。

「小島家からの祝賀の品でこざいます。

 なに、蒔絵の箱に頭巾一つが在中しているばかりの詰まらぬ品です。他に酒樽を一つ、持参して参りましたが蹴倒して追い返してやりました」

 無論、先代済継なりつぐが小島時秀によって毒殺されたと疑うのは渡部筑前の独善的思い込みではない。済継遺児済俊もその心持ちを渡部筑前と共有するものであった。なので酒樽を蹴倒し祝賀の使者を追い返したという渡部筑前を特段咎め立てるでもなく

「左様か」

 と言っただけで、差し出された蒔絵の箱を手に取る済俊。開けてみると鮮やかな浅葱色あさぎいろの頭巾が一つ。

 古川済俊は箱からこれを取り出し、品定めするつもりで被って見せた。頭巾を触った手に白っぽい粉が付着して不快を感じる済俊であった。


 そんなことがあってから間もなく、大永七年(一五二七)十月二日、姉小路あねがこうじ古川済俊は卒然として歿した。享年二十二という若さであった。

 古川家中衆は悲嘆に暮れる暇もなく済俊跡目を立てなければならなかった。ただ跡目とはいっても済俊の子は生年しょうねん四つになる姫に加えて、この年に生まれた男児があるばかりだったから、田向家へ養子に出ていた済俊の弟田向重継を急遽跡目に据えなければならなかった。田向重継はその名を古川高継と改めた。

 跡目を立てることには成功したが、古川基綱卿のころには従二位権大納言まで昇った古川の没落はここに決定的となった。


 桜洞城さくらぼらじょうにあって、家老大前備後守より古川済俊の早過ぎる死を知らされた三木右兵衛尉(うひょうえのじょう)直頼なおより

「何たる不幸でございましょう」

 そう言って嘆く家老大前備後守の如きは、済俊の死をよもや他殺と疑っていない様子であるが、二代続けての急逝を不幸な出来事と受け止められるほど直頼はお人好しではない。

「消されたのであろう」

「消された……? 誰に」

 大前備後がおそるおそる訊ねると、直頼はこたえた。

「小島時秀公に決まっておろうが」

「まさか……。しかしどうやって」

 信じられぬとばかりに絶句する大前備後守である。それも無理からぬ話で、済俊の飛騨下向に際し、小島家から派遣されてきた祝賀の使者の持参品を毒酒と疑い使者本人に毒味をさせた挙げ句、登城もさせず追い返した出来事は飛騨国中(くになか)に広く知れ渡っていた。毒殺するにしてもその方法がない。

 直頼は中空を恐い眼で睨みながら

「やはり毒殺であろう。どんな方法を使ったのかは知らぬ。知らぬ話だが、侍であれば恥じて取らぬ方法であっても躊躇なく断行するのが公家というもの。あの小島時秀という男は特に……」

 直頼がそう言ったきり言葉を継がなかったのは、

(同族同士でせいぜい争っておけば良い。やがては我等が……)

 という肚の裡に秘めた野望が口を衝いて出ないようにするためであった。

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