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飛州三木家興亡録  作者: pip-erekiban
第三章 三木自綱の野望
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反撃の狼煙(四)

「それはその……路銀でございまして、行く先々で関銭を求められるでありましょうからあらかじめ準備していたものでございます」

「何故このようなところに隠していたか」

「路銀を隠して持ち歩くのは行旅人の当然の心構えでございましょう。路次の安全が保障されているところならいざ知らず……」

 これは三平の言うとおりであった。

 確かに三平が路銀を隠していたのは商品である塩を詰めた桶の中であって、通常であれば路銀を保管しておくところでもない。しかし道中の安全が絶対に保障されているかどうか分からない時代のこと、いつ追い剥ぎに遭遇するかも知れず、いざというときのために路銀を隠して持ち歩くことは行旅人としては当然の心構えであった。

 しかし番兵には何か確信めいたものがあるのか、それではと言わんばかりにこう質問してきた。

「わしは元々越中中地山(なかちやま)の出であるが、そちの発する言葉の端々に飛騨の訛りが聞こえるのは何故か。越中新庄の出などと申すが思うに虚言であろう。何故虚言を弄さねばならぬ。隠し立てすると酷いぞ」

(しまった)

 三平俄然焦った。まさか遠く信濃国で越中出身の者と出会すとは思っても見なかったのだから無理もあるまい。

 確かに塩屋一族は越中を出身地としてはいたが、三木家先々代直頼のころに飛騨国内に店を与えられてからは主に飛騨国内で活動しており、三平自身、越中に至ったのは近年上杉より越中在番を命じられてからであった。生まれも飛騨ならば育ちも飛騨。いまから越中の言葉を操れと言われてもどだい無理な話であった。

 武田にとっては敵国同然の飛騨から来たという話を避けるために吐いた嘘が、自らの首を絞めることになってしまったのである。


 しかし三平は焦りを隠しながら未だ荷改めを受けていない塩桶を自ら開披した。詰められた塩に手を突っ込んで取り出したのは、ついさっき番兵に見つかったのと同じ、巾着袋であった。

 三平は番兵の詰問にこたえることなく

「凡そ路銀の使い方とは……」

 と言いながら巾着袋の中から取り出したなにかを、やにわに番兵の懐にたくし込んだ。

「このように使うものです」

 三平が番兵の懐から手を抜くと、三平の手に握られていたはずの何かは忽然と消えていた。それは消えたのではなく番兵の懐に深々と押し込まれたのであった。

 それ以降、あれほど五月蠅かった番兵は人が変わったように物わかりがよくなった。穿鑿を重ねて何としても嘘を見破ろうという緊迫感に満ちた表情は消え失せ、目的を達成した満足感に満ち溢れた表情であった。

「その者の詮議は終わったか」

 番兵は上官と思しき侍から尋ねられると、

「終わりました」

 とこたえ、三平によって懐にたくし込まれた「何か」を上官に手渡した。

「よし、行け」

 上官は短く告げると、それまでの厳しい穿鑿が嘘だったかのように三平一行を通過させた。

 三平が詮議を受ける様子を、供廻りの者どもは冷や汗を流しながら見詰めるしかなかったので、あまりにも唐突に、しかもあっさり通過できた理由が分からず、三平に訊ねるとこうだ。

「なに、路銀を路銀としての用法に従って使ったまでのこと。特別なことはなにもしておらぬ」

 けろりとこたえて口角を上げた。


 それにしても関所で受けた穿鑿は前例のないものであった。

 確かに武田が国を挙げて上杉や織田と争っている時節、間諜の入国を阻止するために関所での改めが厳しくなることは当然のことではあったが、しかしそれにしても実際に配置される番兵というものは、目の前の仕事の煩雑さを嫌って通り一遍の質問をしたあとは、そのものを通過させるか追い返すか、早々に判断するものである。

 しかし先ほど通過した関所の番兵のしつこさと言ったらどうだ。三平が賄賂を手渡すまでは課された任務を果たそうとするものの如く追及してきたではないか。


 この一点取ってみても、信玄の死が疑われようというものである。


 しかしやはりそれはその死が疑われるという疑惑にとどまるものであって、確信を得たとは言いがたいものであった。軍事行動に先立ち関所を固めることはよくある話だからである。


(こたえはこの先に必ずある)

 三平はそう信じて自らを励ました。そうでもしなければこれから先も待ち受けているであろう関所での荷改めを切り抜けられる勇気が持てなかったからであった。

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