時盛切腹(五)
「なにをぼうっと突っ立っておるか。探せ」
輝盛は諸侍に命じて館を探索させた。即ち江馬家累代の家宝である青葉の笛、一文字の薙刀、そして小鴉の太刀を押収するためである。
如何に惣領家江馬左馬助時盛の切腹を見届け、これに取って代わり惣領を名乗ったとしても、江馬家累代の三家宝を欠けば僭称などと揶揄されかねない。もしこれらを押収できず、却って左馬助時盛に連なる何者かに奪取されるようなことにでもなれば、江馬家が再び二つに割れて相争うことは必定であった。
館内をくまなく探索すると、青葉の笛、一文字の薙刀は敷地内の宝物倉庫から難なく発見できた輝盛主従であったが、小鴉の太刀だけがどうにも見当たらない。しかし館内を行き交う諸衆はなんとなくその所在が分かっていた。母屋の最も奥まった一画、引き戸に封がされた部屋にそれはあると、言葉にこそ出さないが確信する人々。
自らも探索に加わっていた輝盛が、この薄気味の悪い一画に気付くのは時間の問題であった。
「この中でしょうな」
河上中務丞富信が、この部屋を前にして立ち尽くす輝盛の隣で言った。それは確信に満ちた声であった。
「皆、この一画があることに気付いておりながら気味悪がって入ろうという者がない。思うにこの封印も、左馬助時経、時盛父子が祖母の怨念を恐れて施したものであろう。であれば、これを破る資格があるのはわしか、富信だけということになる」
輝盛が口角を上げなら言った言葉に、富信がこたえた。
「まさに愚の骨頂とも申すべき所業でござろう。主家に背後から斬りつけるような挙に及んだ挙げ句、その怨念を恐れて封印を施した一画に小鴉の太刀を隠したというのですから。
いかさまこの封印を解く資格はそれがしか殿にしかござらぬ。しかし主従の間柄を弁えぬそれがしでもござらぬ。ここは殿が封を破られよ。是非そうなさるがよろしい」
富信がそう勧めると、輝盛は黙したまま封印を破り、次いで引き戸を開いた。
室内は真っ暗であった。
久しく開かれなかったために埃が舞い、俄に射し込んだ陽光をくっきり中空に浮かび上がらせる。
「あった。小鴉の太刀だ」
それは埃を被ってくすんで見えたが、輝盛がその手に握ってまじまじ見ると、鞘の先端の石突や革先、鰐口、或いは背金といった各部に美しい金物装飾が打たれ、色とりどりの絹糸で巻かれた渡巻、それに柄巻。
文字どおり江馬家累代の家宝と称するに相応しい格式。
輝盛はその小鴉丸の鞘に積もった塵を払うように抜いた。
くすんだ鞘から抜くと一転、地鉄にきめの細かい梨子地肌が打たれ、直刃の紋を辿ればその先端は諸刃の造りとなっている。上古のころに多く類例が見られる本太刀の特徴だ。




