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飛州三木家興亡録  作者: pip-erekiban
第二章 三木良頼の謀略
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時盛切腹(四)

 突然のことであった。

 殿村の江馬家下館門前に、輝盛を中心とする岩ヶ平城の侍衆は集い、門外から開門を要求する。館の番手衆が城外から聞こえる声に耳を傾ければこうだ。

「江馬左馬助時盛。右の者は二度までも国中くになかに叛きし逆徒なり。刑一等を減じられたとは言い条、過去の罪状を鑑みれば今後の忠勤望むべくもない。館を棄ててどこなと立ち去れ。

 まずは開門、開門ッ!」

 これに対し館の番手衆は、固く門を閉じるどころか岩ヶ平城の輝盛一党を迎え入れるものの如く、自ずから開門したのである。これぞ先の再乱に際し、自分に味方した多くの諸侍を死に追いやっておきながら、自分だけのうのうと生き延びた江馬左馬助時盛に対する、人々の厳しい視線をはしなくも示すものであった。

 時盛はいままさに輝盛によって惣領の座を逐われようとしていたが、このような事件がなくとも早晩その地位を失う運命にあったのではないか。そのようなことを思わせる光景ではある。

 

 兎も角も逃げ場はないと諦めた時盛は、輝盛一党の前に姿を現した。輝盛はその時盛に直接告げた。

「罪状は己が胸に手を当てて聞いてみるが良いわ。館を明け渡しどこなと立ち去れ」

 罪状などというが、既に再乱の罪は刑一等を減じられると共に、従前どおり江馬惣領たる地位を保全される、という裁定が下った後のことである。いまさらなんの罪状があるというのか。

 時盛は言った。

「よかろう。どうしても総領の地位が欲しいというのならくれてやる。守衛の番手衆が大手を守りもせず敵を館に引き入れたということは、わしは汝でなくとも何者かによっていずれ遠からず滅ぼされる運命にあったということだろう。しかし一応聞いておく。再乱の折、一度は下った赦免の裁定を今日覆すは如何なる罪状によってのことか」

 人心を失った惣領の問いかけではあったが一理ある。人々は輝盛のいう時盛の罪状とは如何なるものか、それを聞こうと輝盛に注目する。

 

 しかしもとより過去の罪状を蒸し返して処断に及ぼうというのが輝盛の思惑であってみれば、時盛に新たな謀叛の疑惑が生じたのもでもなんでもない。


 窮した輝盛は

「やかましい。汝の卑しい心根に基づく醜い所業などこの場で口にするも憚られるわ! 盗っ人猛々しいとは汝のことだ!」

 と大喝するばかりで、理路整然と証拠を並べ立て時盛の新たな罪状とやらを示すことがない。

 これには時盛も苦笑いを禁じ得ず、言った。

「よかろう。

 どこなと立ち去れと申すが、思うにわしがこの期に及んでそのような挙に及ばず、腹を切ることを先刻承知の上での要求なのであろう。わしとてもはや今生に望みなどない。腹を切ってみせてやる。咎なくて死す、というわけか。悪くない話だ。

 その前にひとつ、そなた等に申しておく」

 時盛は一旦言葉を句切り、そして続けた。

「よいか輝盛富信主従。わしが二度までも国中くになかに叛き武田と相通じたのは、惣領の地位を確たるものにするためでもなければ国中を押さえ飛騨の国守たらんとしたためでもない。ただ財力と武力にモノを言わせて押し寄せる武田の圧力に屈しただけのこと。わしが武田に通じることなく飽くまでこれに抗うみちを選んでおれば、いまごろ飛騨は国の隅々に至るまで豺狼の如き武田の軍兵に焼き払われ、人の住めぬ国になっていたことであろう。そのことは疑いがない。

 そしていま、わしを殺して惣領の地位に就こうと目論む輝盛。汝に言っておく。惣領になるということは、わしを襲ったそのような運命が、今度は汝を襲うということだ。武田は今後も引き続き荒城郡に食指を動かすことであろう。そのたびごとに汝は武田を選ぶか上杉を選ぶか、はたまた頼みにならぬ三木を選ぶかを迫られるのだ。思うに力なき者の宿命と申すべきであろう。苦しく、険しい道のりであるぞ。

 その汝等の行く末をいまから示してやる。つまりこうだ!」

 そうまで言うと時盛は脇差わきざしを抜き諸肌脱いで、あっと言う間にその先端を腹に突き立てた。しかし輝盛一党はもちろんのこと、先ほどまで左馬助時盛に仕えていた侍の誰一人として介錯をしようという者がない。時盛は自らの腹を切る激痛に呻きながら、諸衆環視のなか見世物のように腹を切る恥辱に堪えかねたか、真っ赤に染まる切っ先を今度は喉に突き立てて、遂に果てたのであった。


 遠く永正のころ、飛騨左馬助時重、時綱父子の挙兵に乗じ、その後背を衝いて惣領家に取って代わった三郎左衛門尉さぶろうざえもんのじょう正盛から続いた江馬家の抗争はここに一応の決着を見るには見た。

 しかし累年抗争を続けてきた江馬家が、このまますんなりまとまるとも思えぬ人々。

 その人々の耳の奥に、たったいま絶命した左馬助時盛の予言が、いつまでも不気味にこだましたのであった。

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