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飛州三木家興亡録  作者: pip-erekiban
第二章 三木良頼の謀略
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姉小路古川継承(五)

「飛騨介任官とは、なんともはや」

 関白近衛(このえ)前嗣さきつぐは呆れたようなものの言い方で溜息を吐いた。鷹揚に構えているようにも見えるその腹の内はしかし、怒りのために煮えくりかえっていた。いうまでもなく、三木光頼の姉小路三家入りを上申した申文もうしぶみが事実上無視され、飛騨介任官に格下げされたからである。

 鶴の一声による政治的決定であった。


(主上は一筋縄ではいかぬ)


 こうなれば近衛は、己が面子にかけて何としても飛騨三木家を姉小路三家に列するつもりであった。無論飛騨三木家に対する義理立てといった厚誼によるものではない。官職任免の執行権者たる実質を自らの掌中に収め、至尊を越えるという年来の野望を遂げるためである。


 近衛は権大納言ごんのだいなごん廣橋国光と相語らい、光頼が任じられた飛騨介について、諫言を装い畏れ多くも主上に斯くの如く放言した。

「飛騨は古く延喜式により下国と定められ、さらに養老令には下国にすけじょうを置かぬと定められております。いま飛騨の情勢を鑑みるに、介掾を置かねばならぬ国情でもなく、その意味で三木光頼の飛騨介任官は古今に例がおじゃりません」

 近衛前嗣は廣橋権大納言から授けられた知識で、あたかも故実に通じているかのような顔をしながら斯く奏上したのである。


 律令制に基づいて設置された律令国は、国勢に従って四等級に区分されている。即ち大国、上国、中国、下国の四等級である。山がちで地力に乏しい飛騨は下国に位置づけられており、下国は前嗣が言ったとおりかみさかんが置かれるだけで介掾は臨時職であった。過去に介が置かれた例もないではないが、それでは現下、どうしてもそれを置かねばならぬ情勢かどうか。


 不敬にもそう言い放って、暗に主上の決定を詰る近衛。無論、光頼の飛騨介任官を取り消せと言っているのではない。

「何故我が申文を無視されたのか」

 そう言っているのである。


 実はこのころ、三木家からは光頼の飛騨介任官の謝礼として礼銭三千疋が朝廷に届けられていた。

 これはいうまでもなく

「次こそ姉小路三家入りをよろしくお願いします」

 という三木家からの謎かけに違いなかった。

 

 主上は出来ればこのような礼銭は受け取りたくないと思し召しであった。受け取ってしまえばその金額に応じた叙位任官を果たしてやらなければならなくなるからであった。


 亡き父帝後奈良天皇といえば、当時猖獗(しょうけつ)を極めた疫病の終熄を願い、般若心経を自ら書き写して、その奥書に


今茲天下大疾万民多阽於死亡、朕為民父母徳不能覆、甚自痛焉、窃写般若心経一巻於金字、(中略)庶幾不慮虖為疾病之妙薬

(今天下に疫病が流行して万民の多くが亡くなっている。私は民の父母であるがその徳は(疫病の流行を)覆すことが出来ず、心が痛い。般若心経を金字で書き写した。疾病に対する幾許かの妙薬たらんことを)


 と記したほど、天皇という地位に強い責任感を以て臨まれた帝であった。

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