第8話 『ワタシ』
サナ・メルロンドは悩んでいた。
昨晩の出来事。『サルベラー』と名乗った少年との会話が、未だに頭から離れない。
――君は今、悩み事があるんじゃないか?
少年が放った一言。
どうしてその言葉が彼から出てきたのだろう。
依頼主から聞いた、と言っていた。だとすれば、その依頼主はどうして私を気にかけるのだろう。
喧騒に包まれる教室の片隅で少女サナは一人、物思いに耽けていた。
私はクラスの中でも目立たない、いわゆる『地味』な生徒。
人と関わることが苦手で、教室の隅でひっそりと居座る風景みたいな人間。
そんな風景と同化していた私が、ある出来事を堺に目立つ瞬間が訪れる。
――それも、望んでいない最悪な方向に。
あれは学園に入学してから初めての自己紹介の時。
いかにも緊張しているような面持ちの子もいれば、特段気にすることもなく「どうにかなるだろう」と楽観的な面持ちの生徒。
さまざまな顔が伺える特別な時間。
バラ色とまでは行かずとも、素敵な学園生活を送りたい。
そう願った私は前日から話す内容を練りに練っていた。
だけど、現実は非情だった。
自分の名前が呼ばれ席を立ち、サナ・メルロンドという人間をアピールしようと正面を見たその時、
数十もの視線が向けられていることに、気がついてしまった。
私が次にみたのは、無機質なほど白く塗られた天井。
ピンクのカーテンで周りを仕切られ、ここが医務室であることに気がついた時、私は酷く青ざめた。
――倒れ、たんだ。
――倒れちゃったんだ。
――倒れてしまったんだ!
横になったまま膝を抱え込む。
震えが止まらない。両肩を抱き、落ち着かせようとするが止まる気配は微塵もない。
怖い、怖くて仕方がない。
――どうして、どうしてッ・・・!
嫌な記憶がフラッシュバックしてしまう。
私は小さいことから極度に緊張してしまう、いわば「あがり症」そのもの。
緊張は私の意識を蹴り飛ばし、入れ物は自立することなく崩折れる。
肝心にな時に倒れてしまう私を見限り、離れていってしまった人を何人も知っている。
あんな醜態を晒したくない。あのときの気持ちはもう二度と御免だと、最善を尽くしてきたはずだった。
だけど、倒れた。
倒れたという事実のみが、周囲の生徒に知れ渡ってしまった。
あの嫌な日々がまた来てしまうのではないか。
だからこそ、この医務室を出た後の生活が、どうしても悪い想像しかできなかった。
そして、悪い想像は徐々に、時間が経過すると同時に色濃く現実のものとなっていく。
最初のうちは心配して話しかけてくる生徒も多かった。
だが、私の癖は簡単に私を許すことはない。
その後も二度、三度と倒れるごとに、二人、三人と私を心配する声は減っていった。
心配の声は呆れの声へ、心配の目は蔑んだ目へと。
残酷なまでに変わっていった。
決して悪気があるわけじゃない。治せるものなら今すぐにでも治したい。
だけど私の身体は、心は、私を苦しめようと邪魔をする。
それならば、人との関わりを断てばいいのでは?
そんな考えが頭をよぎった時、サナ・メルロンドという人間は確固たるものとなってしまった。
どうしてこうなってしまったのだろう。いつから私は、一人になってしまったのだろう。
誰が悪いの?私が悪いの?どうして私なの?
自問自答を繰り返し、納得のいく答えを探ってる。
だけどそこには答えなんてない。
答えのない答えばかりが下向き加減の彼女を薄く薄く、そして徐々にそれは厚みを増していき――。
気がつけば彼女を覆うように、それは纏っていた。
ネガティブな言葉ばかりが頭を過ぎっていき、希望なんて一向に出てこない。
周りの目ばかり気にして人と関わろうとしなかった私は、孤独そのもの。
事あるごとに倒れては周りに迷惑を掛ける私は、私が憎い。嫌いだ。
――周囲の視線ばかり気にして、縮こまってばかりでいいのか?
耽けていた意識が急に現実へと引き戻される。
――あぁ。きっと私は、そういう風に見えるのだろう。
彼を頼ったほうが良かったかな。
ふと、頭に浮かぶ。
あんなに親身に接してくれたのに、私は彼の好意を蔑ろにしてしまった。
そのことがまた、私の悩みを更に複雑に絡めていく。
彼女の積年の悩みは、最早自身の力でどうにかなるものではない。
それはサナが一番良く知っている。
そんな彼女は天を仰ぎ自分にしか分からない、誰にも聞こえない心の声でこう呟く。
私は一体どうすれば――。