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第11話 『始まりは突然に』

「ねー、何か飲むー?」


 冷蔵庫の中を見回しながら、ツインテールの少女――エリシアは問いかける。

 だが、彼女の言葉が耳に入っていなかったのだろうか。同室に居るはずの少年から反応が返ってこない。


「ねーえー聞こえてるのー?」


 再び問いかける。だが、依然反応がない。


「ライルー、聞こえてるー?」


 振り向きざまに三度(みたび)問いかける。


 ひょっとすると、もう部屋にいないのかもしれない。


 そう疑念を抱いていたが、振り向いた先に見えたのは、ソファに座り俯いているライルだった。

 時折大きなため息をつきながら、彼は一人頭を抱えている。


 あの日以降、ライルはずっと元気がない。

 文学部の部室を訪れてはソファに座り、気力を無くしたかのようにボーッとどこかを見つめている。

 ライルがなぜこうなったのか、事情を知るエリシアは、ただそっと見守ることしかできずにいた。


 だが、これが連日続くとなると話は別。

 我慢し続けていたエリシアも思わず、


「ラ・イ・ル!無視しないで返事してよー!」

我慢の限界に達した彼女は涙声になりながら、声をあげる。

 跳ね上がるようにライルは顔をあげ、

「ぅお!・・・ど、どうした?」

「どうした?じゃないよ!『何か飲む?』ってずーっと聞いてたじゃん!」

「わ、悪い。ボーッとしててさ」

 バツが悪そうに、ライルは謝罪する。


しっかりしてよね、と言いながらエリシアは冷蔵庫から瓶を一本取り出し、

「はい。ライルが好きなコーラ。折角買ってきたんだから、ありがたく飲みなさいよね」

「おっ、コーラじゃん。あんがと」


キンキンに冷えた瓶を受け取り、手慣れた様子で蓋を開ける。

喉を鳴らしながら一気に飲み干し、

「ッカァ〜!やっぱコーラはうまいなぁ」

「ふふっ。良かった」


 エリシアは自身のデスクに戻り、注いだオレンジジュースを飲む。


「サナちゃんのこと、考えてたんでしょ?」

 ライルが落ち込んでいる原因。

 きっとコレだろうと予想していたエリシアは、思い切って尋ねた。

「…あぁ」

「行方不明になって一週間。彼女はいったい、どこに行ったんでしょうね」

「情報が全く出回ってないんだ。――クソッ。俺は何もすることができないのか…」

 相当悔しいのだろう。ライルは肩を震わせながら、無力な自分に怒りを覚えていた。

「元気だして、ライル。大丈夫、ZORG(ゾーグ)も必死に捜査してくれているし、きっと見つかるって」

優しい言葉で励ますサナ。

「・・・そうだな」

少し落ち着きを取り戻したライルは、当日のことを思い返す。


 クラス会のあの日。自分自身の弱さを克服し、堂々たる歌声を披露したサナは、達成感と爽快感で気分が高揚していた。

 会の直後、サナを囲んで人が集まり、皆一様に彼女の歌声を賞賛していた。

 

「サナちゃん、とっても素敵だったよ」

「ねー。私、サナちゃんがこんなに歌上手だなんて思ってなかったよ」


 サナを称える声が次々と湧いて出てくる。

サナ自身、とても不思議な感覚だったのだろう。

 彼女に向けられているのは奇怪の視線ではない。

 目をキラキラと輝かせ、心の底から気持ちを伝えたい。そんな興味と関心を含んだ暖かな視線がサナに向けられている。

 馴れない状況に、照れを隠すようにモジモジしているサナだったが、


「ちょっといいかしら」


 人だかりを掻き分けながら、複数の女子生徒がサナの前に現れた。


 それを見たとき、柔らかかった彼女の表情が急に強張った。

 

 目の前に現れたのは、気絶して倒れるサナを毎度嘲笑い、後ろ指を指していた女子グループ。


 一躍注目を集めているサナが気に食わなかったのだろうか。

 先程までサナを取り囲んでいた生徒たちも嫌な空気を察知したのか、少しずつ後ろに下がっていく。

 クラス中に緊張が走る。

 

「あのさ」


 重苦しい空気の中、リーダー格の女子生徒が口を開く。

 一体何を話すのだろうか。

 クラスの全生徒が次の言葉に耳を傾ける。

 だが、先にを感じたのは聴覚ではなく、視覚の方。

 ゆっくり、深々と、彼女は頭を下げ、落ち着いた口調で一言、


「…ごめんなさい」


 予想外の出来事に、皆一様に目を丸くしていた。もちろん、当事者のサナもその一人。

 それほどまでに、目の前の光景は誰しも予想していない、意外すぎるものだった。

 しばらく状況を掴めずにいたサナだったが、ハッと我に返り、


「えっ、えっと、か、顔…上げて?ね?」


 どうすればいいのかわからず、あたふたと宥めるサナだったが、


「いや、それはできない」

グループの一人が口を開く。

「私達はサナ、あなたに酷いことを言っていたの。それも陰でコソコソと」

「弱い立場のあなたの陰口を言うことで、ウチら、鬱憤を晴らしてたんだ」

「でも、今日のアンタを見てたらさ、気づいたんだよ。私達、勘違いしていたんだって」

「『サナは弱い』って勝手に思ってたけど、そんなこと無かった。あんなに堂々と歌うあなたを見てたら、急に『何やってるんだろう』って」

「だから、ごめんなさい。私達のせいで、あなたに辛い思いをさせてしまったわ」


彼女達はどんな罵声も甘んじて受けるつもりだった。

「ありがとう」

しかし、サナの口から出たのは、意外にも感謝の言葉だった。

「え、あ、ありがとう?」

「そう、ありがとう。私って存在を認めてくれて」

「どうして…私達はあなたに…」

「本当に嫌いなら、私に何があっても無視するでしょう?だけど、あなた達は無視しなかった。見続けてくれた。どんな形であれ興味を持ってくれていた。だから、ありがとう。私を見捨てないでくれて」

そう口にし、

「私の方こそ、ごめんなさい」

深々と頭を下げた。

「あ・・・、えっと・・・」

戸惑いを見せる生徒達だったが、

「あ、あのさ」

リーダー格の女生徒が口を開き、そっぽを向きながら、

「その・・・も、もし良かったらさ、明日の昼、食堂行かない?」

「え?」

「歌い方のコツ、教えてほしいんだ」

そう言った彼女は赤く染まった頬を掻いていた。

「うん、行こう。私も沢山、たーくさんお話したい!」

サナもまた頬を赤らめながら、満面の笑みを浮かべて応えた。


 遠巻きで状況を見ていたライルも、そんなサナを見て心底喜んでいた。


 明日からのサナが楽しみだな。


サナの一歩に少しでも役に立てた。そして本当の笑顔を見ることができた。

それがライルにとって一番の報酬だった。

 クラス中が和気藹々としている中、ライルは依頼達成の報告をしようとエリシアのいる部室へと足を向けた。


 だが、現実は非情だった。

 翌日の朝、ホームルームで告げられた教師の言葉。

その言葉は、現実というものが如何に残酷であるかを突如示すかのように、ライルの心を踏みにじる。


 ――サナ・メルロンドが行方不明、と。

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