第10話 『さようなら、ワタシ』
少年はひたすら前を向く。
小さく、ゆっくりと。まるで赤子を抱えた父親のように優しかった歩調は、何かに急いでいるように大きく、速いものになっていた。
――助けて。
意識を取り戻しつつあるサナから出た言葉。
人と関わることを拒み、一人で悩み、抱え込んでいた彼女からやっとでた本音は、揺らいでいたライルの意志に対して行き先を示すかのように道を作った。
彼に。ライル・ベルクールにできること。
それは――。
「失礼しまー・・・す?」
勢いよく開いた扉の先には、いつもなら滞在している筈の白衣の教諭はいなかった。
「いない・・・か」
医務室からは人の気配が感じられない。
寝ている生徒もいないのだろう。
あるのはポツンと置かれている白い骸骨の標本ただ一つ。
人の気配が無いからこそ、我の存在感を増している骸骨の標本から変な圧を感じながらも、ライルは抱えたサナを空いてるベッドの上で横にさせる。
先程までの苦しそうな顔は随分と和らぎ、疲れていたのか、静かに寝息をつきながら寝ていた。
そんな彼女の寝顔を見ながら、
「・・・クロ」
ライルは落ち着いた声で呼びかける。
人前では自らの姿を消す、黒く小さな動物の名を。
「なんだい?ライル」
いつもならおどけたような声で返答するクロも、ライルの言葉、そして雰囲気から察したのか、神妙な面持ちで言葉を返す。
「――変身、してくれないか」
「・・・何をするつもりだい?」
一時の沈黙が、五分にも十分にも。長く感じるほどの静けさ。
彼女の寝顔、そして言葉を反芻し、一言。
「”想いのカタチ”を、引き上げる」
「・・・本当にいいの?」
否定はしなかった。
いつものクロなら『相手の了承を得ていない』などと理由をつけ、極力神からの贈答力を使わないよう仕向けている筈。
それをしなかったのは、クロの眼から見えるライルの姿が勇ましく、決意に満ち溢れているように見えたからだろう。
「ここで想いのカタチを引き上げるってことは、彼女は今の気持ちを全力でぶつけることになる。誰に対してなのかもわからないし、何より彼女にとって人生を大きく左右するほどの一大イベントになってしまう。本意じゃなかったときの反動は、正直・・・計り知れないよ」
「それでも俺は、助けを求められた」
間髪入れず言葉を返す。
握り拳を作り、小刻みに震えながら語気を強めたライルは、自身を落ち着かせるようにゆっくりと続ける。
「『助けて』って、この耳で確かに聞いたんだ。…彼女は助けを求めた。中々踏み出せずにいた一歩を、勇気を振り絞って 踏み出したんだ。その姿をみた以上、俺は彼女を…サナを、見捨てることなんてできない」
「ライル・・・」
「もし想いのカタチを引き上げて、彼女が辛い思いをしたのなら、それは俺が全ての責任を負うよ。・・・ここまできたら、最早俺のワガママなのかもね」
傲慢かもしれない。
もしかしたら、サナの本意じゃないのかもしれない。
だけど、もしサナが手を伸ばしていたのだとしたら、その手を掴みたい。
そんな彼の胸中を察したのか、クロの真剣な顔つきは解け、微笑を浮かべながら、
「そうだよ、本当に。・・・サナ、笑顔になってくれるといいね」
「・・・あぁ」
ゆっくり、ゆっくり空気を吸い、そして体の隅々まで行き渡った酸素を全て吐き出すように息を吐く。
徐々に高まりつつあった心臓の鼓動を抑えるための深呼吸は、目を瞑っている彼女に意識を集中させるのには分だった。
・・・笑ってくれよ。俺に、君の、サナの笑顔を。見せてほしい。
そして、それをどうか、君の大切な人たちに振りまいていってほしい。
「…いくぜ」
そして次の瞬間、温かくやわらかい光が、ライルの右腕を目掛けて飛び込んだクロから発せられた。
「うーし、これで全員終わったな」
一部を除き、クラス全員の持ち込み企画が終わった頃、教師は腕にはめた時計を見やり、
「丁度いい時間だな。それでは、今回のクラス会の感想を一枚、用紙に纏めてから提出するように。期限は明後日なー」
えーっ、と教室に響く生徒たちのため息。
それを聞いた教師は、思わず苦笑を浮かべ、
「おいおい、『えー』は無いだろう。俺だって面倒なんだからさぁ」
そう言って会を締めようとしたその時。
慌てた様子の足音が、廊下から聞こえる。
その音は徐々に、ある教室を目掛けて大きくなっていき、そして勢いよく開いた横扉から、
「待って!・・・ください!」
皆一様に、何事かと驚いた表情を浮かべて一点を見る。
そこには、先程まで意識を失っていたサナが、息を切らしながら教師を見つめていた。
「メルロンド・・・。お前、もう体調は大丈夫なのか?」
「・・・はい。ご心配をおかけしました」
「そうか。ほら、もう席についていいぞ」
教師はそう言って、サナを席につくよう促す。
「待ってください」
だが、彼女はそれを静止する。
あまりに想定外だったのだろうか。教師は思わず驚いた様子で、
「…何?」
「わたし、まだ出し物できていません」
真っ直ぐと目を見るサナに、教師は息を呑む。
自分を出さない、大人しく扱いやすい生徒だと思っていた。
だが、目の前にいるサナは、人が変わったように、気迫が出ている。
教師から出た言葉は、
「なんだ、できるのか」
颯爽に締めようと自身が作った空気を消し、サナに意思を確認する。
「できます。・・・やらせてください」
そう言って、サナは教壇を目掛けて歩き出した。
丁度そのタイミングで、遅れてライルが教室に入る。
想いの鎖を壊し、掴んだ想いのカタチを引き上げて間もなく、サナは閉じた目を開き、勢い良くベッドを飛び出た。
あまりの出来事にライルは拍子抜けしたが、すぐに返信を解除し、サナを追いかけた。
・・・道中、巡回していた教員に見つかって注意を受けていたのだが。
そそくさと自身の椅子につき、前に座っている生徒に、
「なぁ、今・・・何があったんだ?」
「ん?あぁ、ライル。戻ってたんだ。さっきサナが戻ってきたから、出し物するんだってよ」
想いのカタチを引き上げること。
即ちそれは「自分の奥底に眠る想いを外に出す」こと。
大抵は隠してた想いを口にするのだが、今回のように想いを口にせずに表現するのは、過去一度として例がない。
だが、ライルは彼女の行動を不思議とは思わなかった。
サナがこれから見せるもの。
それがきっと、本当のサナを知ってもらうには一番効果的で、素直に受け入れられるからだろう、と。
大丈夫。きっと、上手くいく。
目を閉じ、自分に言い聞かせる。
背中を押してくれたあの人に。サナ・メルロンドという人間を肯定してくれる人たちのために。
心臓の波打つ鼓動を感じる。
だが、それはいつもとは違うとサナは感じた。
怖くない。皆に見られても怖くない、恥ずかしくないんだ。
そう思うほど、彼女を縛っていたものは解れていく。
そしていつしか、強かった心臓の鼓動も平常時と変わらないものになっていた。
ゆっくりと目を開き、そして、
私は、ここで見せるんだ。
――本当の私を!
突如として耳を打つ歌声。
真っ直ぐ、清純でありながら芯のある凛とした声音。
だが、そこから冷徹さは不思議とない。
優しい、温かい。それ等の言葉が当てはまるような歌声。
歌声だけではない。まるで幼子が初めて歌う喜びを知ったかのような無邪気な表情。
耳から聴いて感じたもの、目で見て感じたもの。それらは上手く調和され、違和感のない心地よさとしてクラス中を包んでいく。
彼女はただただ、この一時を楽しんでいた。
自分が主役だと。
そして、訴えかけるように。
――私はここにいるよ。
と。
静寂。
一言、今目の前で起きていることを表現するには、その言葉がよく馴染む。
想像だにしなかった彼女の美声。過去幾度となく緊張によって倒れていた人物とはまるで思えないほど威風堂々たる佇まい。
それらは教室にいる誰もが彼女を、サナ・メルロンドという人間を虜にし、息を呑んで魅入っていた。
だが、その張り詰めた空気を引き裂くように、
「私、・・・今まで、今まで皆の迷惑ばかりかけて・・・、困らせちゃって・・・ごめんなさい」
クラス中の視線を一点に引き受けていたサナは口を開き、深々と頭を下げる。
「緊張、するの。『皆に見られてるんだ』って。『皆、私のことを見ているんだ』って。・・・そう思ったらね、手が、震えるの。胸が・・・こう、ギューって痛くなるの」
目には薄っすらと涙を浮かべ、悲痛な顔で語りかける。
きっと怖いのだろう。
恐怖の入り混じった声音に、落ち着かない程震え上がる彼女の体がそう物語っていた。
「本当は治したかったの。私の癖が皆に迷惑かけているってわかってたし、何より・・・すぐ倒れちゃう自分がとても、とーっても嫌いだった。そうしたらね、いつの間にか『皆、私のこと嫌っているんじゃないか』って思うようになっちゃって・・・。自分勝手に壁を作っていたの」
「サナ・・・」
「・・・だけど、そんな私を気にかけてくれる人がいた、心配してくれる人がいたの。周りを見渡せば多くの人が、私をクラスメイトとして見てくれていたのに・・・。それなのに私、一人で塞ぎ込んじゃってて・・・」
少しずつ、少しずつ。彼女を纏っていた暗くもの寂しい雰囲気がなくなっていき、次の瞬間にはそれを感じさせないように、
「実はね、歌うのが大大だーい好きなの!皆と笑っていたいし、遊びにだってたくさん行きたい!・・・これが今の私。本当の私なの」
嬉々とした声がクラス中に響き渡る。
こんなにも溌剌としたサナを誰も見たことがない。だからこそ、どこか新鮮で、新しい彼女の姿を見ることが、今できている。
「・・・皆、私の歌、聴いてくれてありがとう。少しでも私を・・・サナのことを知ってくれると嬉しいな」
青空が段々と濃い橙色に変わりつつある夕刻時。
最寄りの駅に降り立ち、鼻歌交じりに嬉々とした顔つきで歩を進めるサナの姿がそこにあった。
サナの出し物の後、沸き起こったのは拍手喝采の山。
中には席を立ち、サナの姿を称える生徒もいた。
サナちゃんすごーい!ステキー!
めちゃくちゃ歌うまいじゃん!
なぁなぁ、もっと聴かせてくれよ!
そんな言葉を聞き、サナは頬を赤らめた。
心臓の高鳴りを感じる。
だが、意識を失うことはなかった。
一歩を踏み出せたこと。
それを成した今、緊張はいつしか喜びに変わっていた。
私、知らなかったな。
学校って楽しいところだったんだ。
皆とお話できたし、何より私の歌が上手だって、素敵だねって言ってくれるなんて。
もっと早く、皆とお話できてたらよかったなぁ。
そんな風に今日の出来事を振り返りながら、彼女は天を見上げ、
あの人に。サルベラーさんにお礼言わなきゃ。
『ありがとうございます』って。『あなたのお陰で、これからが楽しみです』って。
…どうすれば会えるのかな?
突如姿を現し、サナを後押ししてくれた人物。
彼女は彼に対し放った言葉が酷い物だったと申し訳なく思っていた。
だからこそ、次会ったとき、しっかり目を見て笑顔で感謝を伝えたい。
そう思いながら薄っすらと広がる白い雲を眺めながら、これからに胸踊らせていた。
明日、どんな一日になるのかな。
皆といっぱいお話したいな。
お昼ご飯も一緒に食べたいな。
どんな未来が待っているのか。
未来に悲観していたからこそ、これから先の出来事が期待でいっぱいになっていた。
さようなら、今までの私。
はじめまして、これからの私。
・・・生まれ変わるんだ。明日の私は、今までの私じゃない。
そして、目一杯の笑みを浮かべて一言。
――あぁ。明日が楽しみだなぁ。
翌日。
昨日の晴天がまるで嘘のように、曇天の空から大きな雨粒がポツリ、ポツリと降りしきる。
腹の虫が鳴き出すお昼時。
頬杖をつくライルは一人、教室の隅に置かれた机をじっと眺めていた。
その顔には喜びだとか悲しみだとか、喜怒哀楽で表現するには難しく、ぼんやりとした表情で一点を見つめるている。
ただ一つだけ。一つだけの疑問ばかりがずっと頭の中をかけ巡る。
ただひたすらに、ぐるぐると。
――どうして。
そして、この日以降。
サナ・メルロンドの姿を見た者は
――誰もいなかった。
どうも、のるた〜んです。
サルバイデイズ第10話、最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
やっと・・・やっと!
物語が進み出します!!(実は、あらすじの内、2行程度しか進んでません・・・)
「前振り長いだろ!」って思われるかもしれませんが、そこはスミマセン!
さてさて、実は初あとがきなのですが、本編にうま〜く入りそうにない話がありまして・・・。
今回はその話について、簡単に説明していきたいと思います。
本編ではクラス会が催され、各々色んな出し物を披露してました。
で、一部の生徒を残してクラス会しゅーりょー。
…という流れだったのですが、終わる間際に気絶していたはずのサナが登場します。
過去の自分と別れを告げ、新たな自分に生まれ変わろうと、サナは自身の歌声を披露します。
結果的にはクラス全員が見惚れるほどの歌声で虜にし、クラス会は幕を閉じた。
って感じになってます。
ここで皆さん、お気づきでしょうか?
未披露の生徒は一部だ、という風に本編では書かれていました。
そう、出し物を披露してないのはサナ一人ではないのです。
それじゃあ他は誰なのか?
実は、物語の主人公であるライルが未披露なのです。
どうです?忘れてましたか??
サナが歌声を披露した後、最後の一人としてライルが出し物を披露するのですが、ここでも一つストーリーがあったりするのです。
ただ、本編に入れてしまうと長くなっちゃうな〜と思うのです。
そ・こ・で、ライルの出し物ストーリーに関しては第10.5話みたいな形で投稿しようと思います(いつになるかは未定)。
そこはもう、私のプライベートタイムの許されるときに細々と執筆していくしかないのですがw
ともあれ頑張って書いていこうと思います!乞うご期待!
さてさて、最後に何やら不穏な終わり方をしましたが、一体何が起きたんでしょうね〜。
急展開を迎えるサルバイデイズの次話を、ぜひぜひお楽しみに!
というわけで、
初あとがきも、ここら辺で締めようと思います!
それでは皆さん・・・
Have a good time♪




