屋上は秘密を告白するのに適している
「俺さ、実は宇宙人なんだよね」
ある日、中本は晴れ渡る空の下、学校の屋上で私に秘密の告白をした。「あれは本当に緊張してたんだ」と言うけれど、私にはそうは見えなかった。目の前でお弁当をうまいうまいと食べる中本とあの時の中本は同じように呑気に見えた。そんな彼のことが私は好きだと思う。
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中本からちょっと話があるから来てと呼び出されて屋上に向かう。付き合ってまだ一か月。中本は短髪がよく似合う爽やか系で身長は171㎝と決して大きくないが、誰とでも仲良くやれている人柄とその身長はマッチはしているように思える。それに私自身が小柄なので丁度いい。一年の頃からサッカー部のエースとして活躍しているし、何故私なんかと、と最初は思ったが今では学校公認みたいな感じではある。これまでの私史上一番と言っていいほどの彼氏だ。
高校の友だちには黙っていたけれど、初彼氏ではない。実はこれまでに中本のほかに3人ほど付き合ったことがある。ではなぜ周りに言ってないかと言うと記憶から抹消したかったからだ。
初めて彼氏は小6の初夏頃にできた。好きだと言われて舞い上がってしまい、よく考えもせず付き合い始めた。そもそも付き合うということもよく知らなかったころだ。兄の影響なのか少女漫画なんて一切読んだことなかった私は、知識なんてゼロに等しかった。誰々が好き、とかを第三者として傍目で楽しんでた。私に何か役割を付けるとするならモブキャラ、友達Dくらいと思っていたくらいだった。でもそいつがあれを犯したのですぐさま別れることになった。
あいつはあろうことかプールの更衣室から下着を盗むというアホなことをしでかしたのだ。小学生だし、みたいな感じで説教くらって終わったけれど、犯罪だろあれ。最低。抹消。
二人目はチャラい先輩だ。確か中一の冬。中三で卒業を控えていた先輩はよくわからないけれど、私と付き合いたいと言い出した。元々接点なんて家が近いからよく遭う、くらいしかなかったのだが、私は馬鹿だったので「あと少し経てば高校生と付き合っているって言えるじゃん」なんてことを考えてあっさりと付き合うことになった。
ただこれもすぐさま別れた。原因は相手が完全に私の身体目当てだったこと。こんなこと言うと私が素晴らしい身体の持ち主と思うかもしれないけれど、全然。春休みも近いし、ただヤリたかっただけなのだろう。男はこんなやつばかりなのだろうか。抹消。
三人目はの中二の夏。同じバスケ部の一つ上の先輩。正直パットしない先輩だった。冴えないし、補欠だし、試合で活躍している姿は見たことがなかった。そんな中、先輩の長所は優しいということだった。当時の私は部活自体を嫌になっていたことも、あり先輩の優しさは私の砕けそうな心に沁みた。ああこれが本当の恋かと本気で思ったし、勝手に初恋にしている。今思えば引退したはずなのに何故夏休み練習に顔を出していたのだろうか。
それでも割と交際は順調に思えていた。付き合い始めてから三か月くらい経って彼の家に行くまでは。
彼の家は住宅街の中でもひと際目立つ豪邸だった。家の目の前に立つと気後れしたのを覚えている。「どうぞ」と言われて入った彼の部屋は異様だった。人形人形人形。形の大きさもバラバラだったが、どこをどう見てもいわゆるオタクとは一線を画している代物だった。「何この人形」と私が呟いた言葉に「人形じゃなくてドールだよ」とニヤっと笑った顔は人間ってこんな表情できるんだ、と今でもトラウマだ。「僕の人形になってほしい」と言われた時はすべての毛が逆立った気がした。
もちろん別れた。抹消。
そんなことを思い出しながら階段を上がっていくと嫌な予感が全身を駆け巡る。私は男運が悪いという部類だろう。三度目の正直ではなく、二度あることは三度あるの方だった。では四度目は? 四度目はもう大丈夫でしょう、なんてことは聞いたことはないし、二度あったんだからもうずっと同じ目に遭うのではないだろうか、と足が重くなった。よくよく考えたら中本は欠点という欠点があまりない。おかしい。何か大きな隠し事があるのではないのか? しかもまた変態的なものが。私の恋愛経歴を全て知っている親友が言うには「愛子はさ、変態に好かれるんだよ」とのこと。笑って言ってたが私は全然笑えない。呪いじゃないか。また変態だったら? そしたらもう人類の男に期待するのは諦めよう。変態しかいないのだから。屋上に出る扉の前に着く。深呼吸。大丈夫。覚悟はできている。
扉を開けると、屋上の真ん中で空を見上げていた。私もつられて見上げる。めちゃくちゃ天気が良い。私が鳥だったらすぐさまに飛び立ってだろう。「中本」と少し大きな声で呼びかける。中本は「待ってたよ」と私に向って手を振る。私と違って全然緊張した様子はなかった。近寄ろうとする私に中本は片手を上げて、待ってと言う。
「ちょっと見ててよ」
中本はそう言うとゆっくりと浮かび上がった。私はただただバカみたいに口を開ける。そして笑いがこみあげた。なにこれ、と。「ここで笑うかなー」という声が聞こえたので、ごめんごめんと適当に謝った。
「俺さ、実は宇宙人なんだよね」
「それは良かった」
良かった、人類じゃないじゃん、と。
「でもさ、どちらかというと超能力とかに見えるんだけど」と私は宙を浮いている中本に指を指す。
「そうかな」と中本は照れくさそうに頭を掻き、「証明にならないかな?」
「ならないね」と私は笑う。
「そうか」と中本も笑う。
中本は3メートルくらいに高度を上げると、そこで見事な宙返りをして「これが本当の宙返り」とはしゃぐので、私も拍手でそれに応える。外からみたら私たちのことをどう思うのだろうと思う。幸せそうに見えるだろうか。
「それにしてもさ、驚かないんだ」と空からゆっくりと降りて来た中本が言う。
「何に?」
「俺が宇宙人だってこと」
もしかしてやっぱり信じてないかな、と中本は笑いながら言うので私は「信じたよ」と笑って答える。
「むしろ安心したくらい」
「安心?」そんな馬鹿なと中本は目を見開く。
「私の呪いは解かれた」
「何それ」と二人で笑う。
風が吹いた。私はスカートを押さえる。「危ないなぁ」と言う中本に私は「そこは惜しいなぁ、じゃないの?」と訊ねる。中本は顔の前で右手を振り「この世にはTPOというものがある」と真面目な顔で言うから「宇宙人のくせに生意気だ」と私。
「他にこのこと知っている人いるの」
「俺が宇宙人だってこと?」
「うん」
「いない……いや一人いるかも」
「いるのかよ」私だけじゃないのかよ。
「ここで宇宙と交信しようとしているところを見られたことがある」
「何それ。きもい」
「ひどいなぁ」と中本は笑う。
「というか交信できるの?」
「まだ一度もできたことはない」
「なんだ」少し残念。
「ただその時さ、さっきみたいに宙に浮いてて」
「そこを見られちゃったのか」
でももしそうだとしたら、噂になってもいいはずだ。例えば私のようなどこにでもいるような普通の子が宙に浮いていたなら、噂になんかならないかもしれないけれど、中本は違うだろう。学年でもかなり人気が高い。いや1年にはけっこうファンもいたはずだ、とバレンタインデーのことを思い出す。チョコすっげー貰ってたな。
「ほんとに見られたの? 勘違いじゃなくて」
「見られたよ。少し会話もしたし」
「誰だったの?」
「同じクラスの榊原さん」
「ミキ?」
「そうそう」
「大丈夫だったの?」
「うん? ああ、榊原さん? たぶん驚いてたと思うけど」
「いや絶対驚いてたでしょ」
「マスクしてたから表情まではわからなかった」
「誰にも言ってないのかな」
「そうだと思うよ。黙っててってお願いしたし」
「中本は素直だなぁ」そんな呑気な中本が好きだ。
ミキと私はグループも違うし、仲が良いわけではなかったけれど、いい子だってことは知っていた。けっこうなお嬢様で、幼馴染で同じクラスのサラダと付き合っていた。誰にも言ってないのかな、と私は首を傾げる。確かに変に噂を流す子とは思えないし、話すとしても彼氏くらいだろう。その彼氏もまた誰彼構わず話すようなやつにも見えない。
「じゃあ私は二番目の女か」と大げさにため息をついた。
「いやいやいや、一番だって」
おろおろする中本は可愛い。
「あーあ、私が最初に聞きたかったなぁ」
「ちゃんと告白したのは唯が初めてだって」
「他に何か秘密はないの? 今度こそ誰にも話してないこと」
「実はさ一つある」
「あるんだ」
「唯が作ったお弁当を食べたい」
「それって秘密じゃなくてただの願望じゃん」と私は笑った。