表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/31

第3話『僕には関係ない』(2)

「ちくしょぉぉぉぉ!」


 気がついた時には、大声を上げて火炎瓶を投げ放っていた。次の瞬間、偵察車の一台が炎に包まれていた。

 乗り込もうとした兵士と運転兵が火達磨になってのたうち回るのが見えた。


「ウァァァァァァッ!」

「敵襲だ、早く消火しろ!」


 曹長が指示を下す間に、身を翻してもう一台の偵察車に火炎瓶を投げつけ炎上させる。間一髪で偵察車から飛び降りた運転兵が、もんどりうって地面に転がり落ちた。

 炎上する偵察車が灯りとなって、曹長の顔がはっきりと見えた。呆気にとられた表情でこちらを見ていた。


「僕はここにいるぞ!」


 叫びと共にナイフを投げつける。曹長の顔が怒りに歪むのと同時に、ナイフが火花を散らして弾け飛んだ。

 曹長がサーベルを抜き、ナイフを弾き飛ばしたのだと一瞬遅れて理解すると同時に、複数の青い発砲炎が見えた。


「あれ……?」


 右手に衝撃があり、投げようとしたナイフが落ちた。遅れて右肩に痛みがやって来た。


「うっ……うぁ……!」


 肩から手にかけて、どっと熱いものが流れ出した。


「撃つな! あいつが死ねば俺達まで消し炭になるぞ!」

「ですが、曹長殿!」


 敵に生じた隙を見逃すことなくプラーヤは踵を返し、肩の痛みに耐えて地面を蹴った。


「逃げるぞ、追え!」

「曹長殿、ゼルキン伍長とカルスが!」

「なんだと!」


 喧噪から逃れるように、プラーヤは草むらの中を必死で駆けた。


 ――本当に甘いわね、あなたは――


「甘いんじゃないよ、姉さん。僕はバカなんだ」


 耳元で囁くマヤの幻にそう応えると、目から涙が溢れだした。


 ――車を燃やせば通信機も使えない。このまま、あいつらを引きつければ――。


 敵の様子を窺おうと振り返ったプラーヤの目に、凄まじい勢いで迫るものがあった。


「小僧ォォォ!」


 人間の走りとは思えない速さで曹長が追い縋ってきた。闇に光る赤い瞳と、サーベルの刃が煌めくのを見た瞬間、恐怖で身体が凍りついた。

 突進の勢いそのままに突き出されたサーベルの切先をナイフの刃で受け流す。火花が散り、一瞬だけ闇を照らした。衝撃までは受け流せず、身体が大きくのけ反った。


「くそっ……!」


 右手でもう一本のナイフを取り出すと、間髪入れずに横薙ぎの刃が迫る。間一髪で太刀筋を見切り、後方宙返りでかわした。

 着地と同時に足元の地面が大きく爆ぜた。


「そのまま取り囲め!」


 発砲炎が見えた次の瞬間には無数の銃弾が足元に着弾し、土と草が大きく舞い散った。


 ――しまった!


 兵士達が周囲を取り囲み銃口を向けていた。退路を断たれたプラーヤに、曹長がサーベルを大きく振りかぶって襲いかかった。


「ここまでだ小僧!」


 右肩を狙って振り下ろされた刃を二本のナイフで受ける。しかし衝撃を受け止めきれず、右手のナイフが弾き飛ばされた。


「俺の剣を三度も防ぐとはな。だが終わりだ」


 曹長は思いのほか落ち着いた口調で言うと、返す刀で突きを繰り出した。

 咄嗟に左手のナイフで受けようとした。否、受け止めたが――。


「あっ……!」


 左の肩から血と肉が焼ける音が、ニオイがした。


「うぁぁぁぁぁ!」


 赤熱化したサーベルの刃が左肩を貫いていた。手にしたナイフは刃が溶断され、柄だけが残っていた。


「痛いか、小僧。熱いか、小僧! 全身を焼かれたゼルキンとカルスの苦しみはこんなものではないぞ!」


 憎悪に燃えた瞳を向けながら、曹長が叫んだ。


「あぁっ! あぁぁっ、あぁーっ!」


 傷口を焼かれる痛みにプラーヤが絶叫する。


「火の魔力を宿したサーベルだ。魔法戦士ではない俺でも使える武器だぜ」


 曹長はそう言ってサーベルを引き抜いた。プラーヤが力を失ってその場に倒れると、思いきり腹を踏みつけた。


「うっ! がはっ……ぐぇ……」

「脚を撃て」

「はっ!」


 集まってきた兵士達が、痛みに悶えるプラーヤの両脚に銃弾を撃ち込んだ。

 曹長は声にならない悲鳴を上げるプラーヤの襟首を無造作に掴み上げ、未だ炎を上げる偵察車の近くへと引きずって行った。

 仰向けに転がされたプラーヤを、曹長とその部下達が見下ろす。


「小僧。アルセントに何がある。仲間がいるのか?」


 曹長の問いにプラーヤは一瞬、痛みを忘れた。


「気づかんと思ったか。囮になって引きつけようとしたんだろう。仲間がいるんだな?」

「僕は、何も――」


 息を切らしながら口にした瞬間、右脚に激痛が走った。


「あっ……ぐぁぁぁぁぁ!」


 右脚の銃創にサーベルの刃が突き立てられていた。


「なめるのもいい加減にしろよ、小僧。拷問は趣味じゃないが、答えんのなら話は別だ」


 曹長の赤い瞳に怒りが宿るのと同時に、サーベルの刃が赤熱化してゆく。服に火が付き、傷口から噴き出る血が蒸発して煙が上がった。

 肉が焼け焦げる異様なニオイに、兵士達が顔を歪める。


「あぁぁぁぁっ! や、やめ……!」

「痛いだろう。このサーベルは拷問にはうってつけだからな」


 曹長はサーベルを持つ右手に力を加えた。


「脚が炭になる前に答えろ。アルセントにいるのは誰だ、小僧?」

「しっ……知らない……!」


 プラーヤが辛うじてそう答えると、曹長はプラーヤの脚からサーベルを引き抜いた。


「そうか、分かった」


 そして、赤熱化した刃を左脚の銃創に突き立てた。


「こちらの脚もいらんと言うのだな」

「うぁぁぁぁぁー!」


 プラーヤは激痛に叫び苦しんだ。

 右脚の感覚は既に無くなっていた。傷口は炭化し肉も骨も焼かれ、全く動かなくなっていた。音を立てて煙を上げる左脚も、そうなりかけていた。


「右脚はもう切り落とすしかないな。答えんのなら左脚もそうなるが、いいのか小僧?」

「あぁぁぁぁっ!」

「曹長殿、やり過ぎると痛みで発狂するのでは……」


 そばにいた兵士が耳元で告げると、曹長は舌打ちをしてサーベルを引き抜いた。


「どうも加減が分からん。慣れないことはするもんじゃないな」

「うぅ……あ……あぁ……」


 プラーヤは激しい苦痛と出血で意識を失いかけていた。

 曹長は再び舌打ちをするとサーベルを振り、炭化した血を刃から払い捨てた。


「さすがにやり過ぎた。この傷と出血では、もって二時間か。全員、装備をまとめろ。巻き添えを食う前に離れるぞ」

「曹長殿。街にいるこいつの仲間はどうします?」

「殺せばいい。もし手に余るようなら増援を呼んで……ん?」


 踵を返した曹長の足に触れるものがあった。


「往生際が悪いぞ、小僧」


 プラーヤは唯一動かせる右手で曹長の足首を掴んでいた。


「行かせる……ものか……!」

「離せ!」


 曹長がもう片方の足でプラーヤの右腕を何度も踏みつける。

 だが、金属の鋲が打たれた靴で激しく踏まれてもプラーヤは手を離そうとはしなかった。


「この野郎!」


 一人の兵士が近づき、罵声と共に発砲した。


「あぅっ……」


 背中に痛みが走ったかと思うと、たちまち意識が混濁してゆく。麻酔弾だ。


「ま……待て……」


 そう口にするのが精いっぱいだった。手の力が抜け、曹長の背中が遠ざかる。そして、視界が闇に閉ざされていった。


 ――僕はこのまま死ぬのか?


 暗闇の中で問いかけるが――誰も答える者はいない。


 ――姉さんの仇も討てずに、このまま。いや……。


 意識が遠のくにつれ、全身の苦痛が和らいでゆく。


 ――僕一人で征討軍と戦うなんて、最初から無理だったんだ。魔法の使い方も分からないのに……いや、魔法が使えたって勝てっこない。このまま、姉さんのところに行こう。


 苦痛から解放され、死を受け入れようとした、その時。


 ――ご主人様は、本当に優しい方です――!


 あの能天気な笑顔と緊張感のない声が脳裏に蘇った。


 ――ナツキ――!


 本人の前では口にできなかった、その名を呼ぶ。自身が勝ち目のない戦いを挑んだ理由を思い出す。


 ――女の子一人守れずに僕は死ぬのか。ナツキは僕を『優しい』と言ってくれたのに。『甘い』じゃない、『優しい』と言ってくれたのに。僕の料理を『おいしい』と言ってくれたのに。


 ナツキとの触れ合いで感じた、よく分からない何か。それが嬉しさだったのだと、ようやく気づいた。


 ――いやだ。このまま死ぬなんていやだ。せめて、ナツキを守ってから……!


 沈みかけた心に、再び闘志が湧き起る。


 ――力が、力が欲しい。もっと強い力が――!


 闇の中に、一筋の光が見えた。


「曹長殿、小僧が!」


 麻酔弾を発射した兵士が、うわずった声を上げた。


「……お前達を……この先には行かせない」


 兵士達は、立ち上がるプラーヤを前にして息を呑んだ。


「この……死にぞこないが!」


 曹長はすぐさまサーベルを抜き、俯いたままのプラーヤに切りかかった――!


「……っ?」


 曹長は絶句した。赤熱化したサーベルの刃が素手で受け止められていた。


「くそっ……どういうことだ……!」


 刃を握り締める手から煙が上がり、真っ赤な血が流れる。

 刃を伝って落ちる血の色が黒に変わると同時に――サーベルが黒い炎に包まれた。


「何だ!」


 曹長が咄嗟にサーベルを手放す。サーベルは一瞬にして燃え尽き、煙に変わった。


「……まさか。お前は、まさか……!」


 プラーヤは顔を上げ、まっすぐ曹長を見据えた。青かった瞳が、吸い込まれるような漆黒に変わっていた。歴戦の兵士である曹長が、無意識のうちに後ずさっていた。


「魔法戦士だというのか……!」


 曹長の発した言葉に応えるかのようにプラーヤが右手を天にかざした。手から迸る黒い血が黒い炎に変わり、渦となって全身を包み込んだ。


「き……傷が……!」


 兵士の一人が震えながら言葉を発した。全身の傷に炎が吸い込まれ、瞬く間に傷が塞がってゆく。血と傷に塗れていた肌は、ものの数秒で白く美しい肌に戻っていた。

 プラーヤがゆっくりと両手を広げた。傍らで燃える偵察車の炎が意思を持ったかのように集束し、胸の魔力結晶に吸い込まれてゆく。


「魔力結晶……? まさか! あの爆弾を取り込んだのか、化け物め!」


 曹長の手が空を切り、ソルカー銃が一斉に発射された。しかし、銃弾はどれ一つとしてプラーヤの身体を傷つけることはなかった。


「なんだと……!」


 黒い炎が壁となって銃弾を飲み込む光景を前に、曹長以下兵士達の全員が戦慄した――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] プラーヤかっこいい。ナツキとのディスコミュニケーションが効いてます。戦場で輝く人間性、尊いです。このままマヤの敵討ちが一部果たせそうですが、魔法の使いすぎはダメゼッタイ。
2021/04/13 17:46 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ