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第8話『焦土に立つ』(5)

 プラーヤとオリアンによる決闘の場は、もう一方の修羅場とはうって変わって誰も声を発する者がなかった。

 プラーヤはナツキとクインダル支隊の交戦による戦場騒音に気を取られそうになりながらも、必死にオリアンの目を睨みつけていた。

  オリアンはサーベルを抜いたまま微動だにしない。

 左右のサーベルの刃を下に向け、両足を肩幅に開いて全身の力を抜いた構え――。


 攻勢にも守勢にも転じられる一分の隙もない構えを前に、プラーヤはどうやって攻撃を仕掛ければよいか分からず、自身が勝利する未来が見えなかった。

 加えて、クインダル支隊とたった一人で戦うナツキが気になり、目の前の敵――姉の仇との戦いに集中しきれなかった。


 ――ナツキ。本当に大丈夫なのか――?


「案ずるな。クインダルはあの者――ナツキに勝てまい」


 プラーヤの心の声に答えるように、オリアンが言った。

 静まり返っていた将兵の間に、にわかにざわめきが起きた。


「あの者はお前を何と評した? この場を去る時に一度でもお前をかえりみたか? 主たる自覚があらば、従者の信託に応えるのが務めと心得よ」

「くっ……!」


 ――そうだ。ナツキの主として、恥ずべき振る舞いはするまい。ナツキを信じ、ナツキが僕を信じる以上、僕はこの戦いに勝たなきゃいけないんだ――!


 プラーヤの両手に宿った黒い炎が、大きく燃え上がった。


「そうだ、プラーヤ! お前が持つ力の全てを、この私にぶつけてみせよ! さもなくば、この私は倒せぬぞ!」


 オリアンが白い歯を見せて笑った。一貫して無表情だったその顔に、初めて感情が見えた瞬間、オリアンの影が赤く発光した。


「行け!」


 オリアンの言葉に応えるように、両手を振るって無数の炎を纏ったナイフを放った。


「笑止!」


 オリアンの持つサーベルの刃が赤く光り、炎のナイフ全てを瞬時に叩き落とした。

 プラーヤがすかさず右手を宙にかざし、巨大な炎の戦輪チャクラムを繰り出す。


「死ね、オリアン!」


 しかし、オリアンのサーベルはこれをも容易く切り裂いた。


「火遊びをしにきたのか、プラーヤ!」


 オリアンが両手のサーベルで地面を叩く。赤い影が光って波打つと、巨大な刃となってプラーヤに迫った。

 プラーヤが瞬時に見切ってかわすと、背後にあった五階建ての廃墟が真っ二つになった。その威力に目を見張るプラーヤの耳元で声が聞こえた。


「どこを見ている」


 振り返ると、オリアンが目の前に立ち両手でサーベルを振りかぶっていた。


「プラーヤ!」


 リディアの叫びと同時に振り下ろされたサーベルの刃をプラーヤは素手で受け止めた。

 刃から伝う血が黒い炎となり、地面に落ちた。


「……終わりだ」


 オリアンがにやりと笑うと同時に、足元の影から何本もの赤い手が伸びてプラーヤの手足と首、胴体を掴み上げた。


「このままくびり殺してくれる!」


 両の手足と首を締め上げる手の力が増し、その指先から激しい電流が迸った。


「ぐうぅぅぅぅぅっ!」


 激しい電火に全身を包まれ、激痛と熱、呼吸ができない苦しみにプラーヤは悶えた。

 常人であれば掴み上げられた時点で全身の骨が砕け、肉が潰れるほどの力だった。それでもサーベルの刃から手を離そうとはしなかった。少しでも力を緩めれば、一瞬で八つ裂きにされるのは必定だった。


「プラーヤ!」


 たまらずリディアが足を踏み出したが、プラーヤに目で制され踏み留まった。


「娘よ、仲間が苦しむのを見るのは辛かろう。戦いを見届けるよう言ったが……二人がかりでもかまわぬぞ。お前まで殺しはせぬ」


 プラーヤを縛り上げながら、オリアンがリディアに視線を注いだ。

 毅然として視線を跳ね返すリディアに対して、オリアンが再び口を開こうとした時――。


「どこを見ている。お前の相手は僕一人だ」


 地の底から伝わるような声。オリアンが振り返ると同時に、黒い炎がその視界を塗り潰した――!


「ぐぁぁぁぁっ!」


 右目を焼かれたオリアンがたまらず悲鳴を上げる。

 プラーヤの胸から噴き出した黒い炎は勢いを増し、オリアンの上半身を燃やし、赤く光る影から伸びる手を飲み込んだ。

 オリアンが咄嗟にサーベルを手放し飛び退く。二振りのサーベルが一瞬で煙に変わった。


「大佐殿!」


 劣勢に陥るオリアンの姿に動揺した将兵の一部が駆け寄ろうと試み――燃え広がる黒炎に飲み込まれていった。

 プラーヤが一瞬だけリディアに目を向けた。

 リディアが頷く間もなく跪き地面に左手を着くと、橙色の光がその身体を包み込んだ。

 胸の魔力結晶だけでなく両手からも炎が溢れ出し、数秒で周囲は黒炎に包まれた。あまりの勢いに逃げる機会を逸した将兵が、次々と炎に飲まれていった。


「はぁ……はぁ……!」


 どれほどの時間が経ったのか――プラーヤは息を切らしながら、それでも焦土と化した大地に二本の足で立っていた。

 周囲の至る所で黒い炎がくすぶっていた。決闘を見守っていた将兵は一人残らず焼き尽くされ、この場に立つ者はプラーヤとオリアン、そしてリディアのみとなっていた。


「リディア、無事か?」


 焼け焦げた衣服を身に纏ったプラーヤが、振り返ることなく問うた。


「無茶してくれるわね、危うく服が燃えるところだったわ。でも、私は無事よ」

「ならいい」


 プラーヤは素っ気なく言うと、両手を広げた。周囲でくすぶっている炎の全てが、意思を持ったかのようにプラーヤの両手に集まってゆく。

 オリアンはその様子を、肩で大きく息をしながら苦々しい表情で見ていた。

 帽子と上衣が燃え、裸の上半身と乱れた金髪は煤だらけになっていた。右目から黒い血が流れ、真っ黒に焦げた地面に落ちて吸い込まれていった。


「これが……お前の戦いか、プラーヤ=プラシャースタ。この戦いを穢すまいと見守っていた部下達を巻き込むとは……見下げ果てたぞ!」


 叫びと共に、オリアンの全身が赤く輝いた。周囲の空気が突風に変わり、大地が激しく震動する。崩れかけた黒焦げの建物が風圧と震動で音を立てて倒壊した。

 多くの廃墟が元の姿を残していた遺跡だが、ナツキとプラーヤの戦いによって、その大半が瓦礫と化しつつあった。


「お前はこの戦いを穢した。もはや容赦はせぬ! 屍の欠片も残さぬほどに、惨たらしく殺してくれるわ!」


 オリアンの怒りを込めた視線を、プラーヤはそれ以上の怒りを込めた瞳で跳ね返した。


「何とでも言え、タルネルバ=オリアン! お前がどれだけ言い繕ったところで、これは美しい戦いなんかじゃない。僕が……お前達に殺された人達が! お前を……お前達を憎むがゆえに! お前達が憎まれるがゆえに起きた戦いだ! 僕は、僕自身の憎しみを殺す為に! お前達に殺された人達の憎しみを殺す為に! お前達を殺し! お前を殺す!」

「ほざけ! 死ぬのはお前だ!」


 大地が音を立てて震える中、オリアンの赤く光る影から無数の手が伸び、それぞれが剣や槍を手にした形に変じた。

 リディアは増大するオリアンの魔力を感じ取り、大きく肩を震わせたが――拳を強く握り、地面を踏み締めて全身の震えと戦った。


「死ね、プラーヤ!」


 オリアンが両手を前にかざして叫ぶと、武器を手にした赤い手がプラーヤに迫った。


「……僕は死なない」


 プラーヤが静かに呟き、両手を空中でクロスさせると、大きな黒い炎の壁が現れた。

 無数の赤い手と刃が、雷鳴のような音を立てて黒い炎の壁に衝突する。


「小賢しい……! こんな壁、突き破って切り刻んでくれる!」


 オリアンが、開いた両手をゆっくりと握り締める。地面から伸びる赤い手と刃が見上げるほどに大きさを増し、それぞれが激しく動いてプラーヤを襲った。

 勢いを増した赤い刃が次々と炎の壁を突き破り、プラーヤの全身を貫き、切り裂く。


「ぐはっ……!」

「とどめだァァァ!」


 絶叫と共にオリアンの両手から赤い光の奔流が迸り、炎の壁を打ち砕く。


「プラーヤ!」


 リディアの叫びをかき消すように、プラーヤの全身が赤い爆炎に飲み込まれた――。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「イヤアァァァァァァッ!」


 聞いた者の鼓膜を突き破り心臓を殴りつけるような雄叫びを上げながら、ナツキは銃剣を振るい続けた。

 その度に焼け残った廃墟が、乗り捨てられた車輌が寸断され、粉砕され、至る所で爆炎が上がった。車輌から脱出した乗員も裂空の刃に切り裂かれ、瓦礫に押し潰され、炎に巻き込まれて命を落としていった。

 周囲の車輌と建物を破壊し尽くし、対峙した将兵の殆どを殺した銃剣士テルミナートル――ナツキは静かに銃剣を構え直し、大きく息を吸い込んで呼吸を整えた。

 ナツキが残敵を求めて周囲を見渡そうとした、その時。


「魔法殺し! まだ終わっちゃいねぇぞ!」


 炎の中に、クインダルと――生き残りの将校達の姿が見えた。

 クインダルを先頭に楔型の陣形を組んだ、総数二十名の魔法戦士。

 全員が怒りに目を血走らせ、射るような視線を向けていた。


「少佐殿、いつでもどうぞ」


 クインダルの直後に控える少尉――マレクが、押し殺した声で言った。

 ナツキが銃剣の切先をクインダルに向けるのと同時に、クインダルらの手にしたサーベルに地水火風それぞれの魔力が宿り、猛烈な炎と突風、冷気が溢れ出した。


四元素集束攻撃テセレピーテス……発動ボルハ!」


 クインダルが叫びながらサーベルを振りかざすと、増幅した魔力が渦を巻く青い光となってナツキを襲った。


「がぁぁぁぁぁぁぁ!」


 青い光がナツキの全身を包み込む中、クインダルが悲鳴のような叫び声を上げた。

 地・水・火・風――クインダルの全身を魔力が覆っていた。忽ちにして黒い軍服が裂け、筋骨逞しい身体つきが露わになり――顔や胴体の血管が膨れ上がり、血が噴き出した。


「魔法殺し! 俺が……俺達が持つ魔力の全てをくれてやる! 俺達の魔力が……俺の命が尽きる前に! お前を殺してやる!」


 ナツキを包み込んだ青い光の周囲にあるもの――土や瓦礫、空気に到る全てが消滅してゆく。凄まじいまでの魔力が注ぎ込まれた為か、ナツキの身体が宙に舞い上がった。


「死ね! 地獄の底に叩き落としてやる!」


 全身を襲う激痛と出血に耐えながら、クインダルが呪いの言葉を吐く。


「どうだ、手も足も……!」


 言いかけて、クインダルは光の中でナツキの手が動くのを見た。

 ナツキが銃剣の槓桿ボルトハンドルを起こして引き、銃弾を一発だけ弾倉に込め、槓桿を押し戻す。

 遥か昔に滅びた武器――ボルトアクションライフルを初めて見たクインダルには、それが銃弾の装填だとすぐには分からなかった。


 クインダルはナツキを殺す為に魔力を注ぎ込みながら、全ての物体が消滅する死の空間でも動けるナツキに驚くと同時に……その美しい所作に見惚れていた。自分達に銃口が向けられていることに気づいたのは、ナツキが引鉄を引くのと同時だった。

 次の瞬間、青い光を消し去るような黄金の光がクインダル達を飲み込んだ。

 そして、銃口から放たれた弾丸のエネルギーに逆流した地水火風の魔力が反応し、遺跡の半分が消し飛ぶほどの大爆発が起きた――。


 クインダルが意識を取り戻した時、周囲には何も残っていなかった。廃墟も、車輌の残骸も、部下達の死体までもが消え失せていた。


「うぅ……あ……」


 クレーターの底でクインダルは身体を動かそうとしたが、無駄だった。魔力の全てを使い果たし、指一本動かすこともできなかった。仰向けに倒れたまま、ボロボロになった肺で弱々しく呼吸をするのが精いっぱいだった。


「あの程度の魔力で私の闘気を破れるものか。終わりだ、クインダル」


 視界の隅にモノクロームの衣装を纏った銃剣士――ナツキの姿が映り込んだ。その身体には傷一つなく、衣服は殆ど汚れていなかった。

 クインダルは残った全ての力を振り絞って口を動かした。


「ま……まだ……だ。ま、りょく……が、なくな……ても」


 蚊の鳴くような声で言葉を紡ぐと、クインダルは僅かに口元を歪めて笑った。


「おれ、には……まだ。いのち、が……のこ、ている……!」


 言い終わると同時に、クインダルの全身が青く光った――。


 葬られしつわものどもよ、が為の糧となるか。

 魔に呑み込まれし者は、既に人ではない。


 巨龍の咆哮に怯む者はいない、いるはずがない。

 奪ったよりも多くの命を救う為に、挑む。


 猛き少年よ、気高き少女よ。

 誰よりも強く美しき戦士たれ。


 次回『そして、夜明け』

 朝陽の美しさを知る少女は、まだ涙を知らない。

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