第8話『焦土に立つ』(4)
「銃剣士……実在したのか……!」
「イヤアァァァァァァァッ!」
掛け声と共にナツキが横薙ぎに銃剣を振るった。
クインダルが本能的に身を屈めた次の瞬間、閃く裂空の刃が前列にいた戦車三輌をバターのように切り裂いた。
戦車の乗員達は何が起きたかも分からないまま爆発に巻き込まれ、全員が即死した。
クインダルは傍らで呆然と座り込んでいたマレクの襟首を右手で掴み上げると、左手で空を切り、闇の中へと消えた。
「しょ、少佐殿?」
空間転移術で戦車の狭い砲塔内に潜り込んだクインダルは、驚く戦車長を押しのけると喉元の送話器に手を添えた。
「クインダルより各車! 後退だ! 射撃しながら後退しろ!」
そう叫ぶと、未だ呆然とするマレクの横顔に鉄拳を見舞った。
「うっ! 少佐殿……」
「いつまで寝ぼけてやがる! しっかりしろ!」
一瞬置いて、戦車が激しく揺れた。全速後退しながら魔力砲を立て続けに発射している。
周囲の車輌も後退しつつ連続して射撃を行い、凄まじい振動と轟音が戦車の内部にまで伝わってくる。
戦車大隊の主力――スラトス2型戦車が搭載する短砲身の榴弾砲をはじめ、その場に存在するあらゆる口径の砲が青い炎を噴いた。
クインダルは砲塔内の覘視孔から外の様子を窺っていたが、防弾ガラス越しに見えるものは燃え盛る炎だけだった。
どれだけの砲弾を撃ち込んだのか、クインダルも二百から後は数えていなかった。
「少佐殿、敵は沈黙した模様ですが」
落ち着きを取り戻したマレクが言った。
射撃中止の命令を出そうと口を開けたクインダルの視界が、真っ白に塗り潰された。
ヘッドフォンと、戦車に搭載された通信機から、連続して聞こえる断末魔。そして三十トンの車体を揺るがす轟音――。
覘視孔の中に銃剣を構えた少女の姿が見えた。あの少女――銃剣士を殺すどころか、全くダメージを与えられていないと知ったクインダルは戦慄した。
「魔力砲が、通用しない……! 間違いない。奴は……!」
ナツキは千発近い榴弾の炸裂に晒され、灼熱の炎に包まれながら、全くの無傷だった。
銃剣を手に炎の中から迫り来るナツキの姿を認めたクインダルは、恐怖を噛み殺して送話器に手を添えた。
「クインダルより各車、よく聞け。俺達の前にいる敵は、あの『魔法殺し』……そして、伝説の銃剣士だ。俺達は今、征討軍最大の敵を相手にしている」
マレクと戦車の乗員がハッとして振り向いた。
「だが、怯む必要はない! 寧ろ、喜べ! 俺達は征討軍最大の敵を倒す機会に恵まれた。奴を倒せば、俺達は名実ともに征討軍最強の部隊だ!」
クインダルは言葉を区切り、マレクや戦車の乗員を一瞥した。
数秒前までは恐怖と困惑に凝り固まっていた顔に、闘志がみなぎっていた。
「俺は外で指揮を執る。戦車は距離を保ちつつ後退、敵を後方の広場へ誘い込め! 大隊長・中隊長を除く中尉以上の魔法戦士は降車して俺に続け! 各小隊の指揮は中隊長に一任する!」
クインダルは右手でマレクの肩を叩くと左手で空を切り、空間転移術で車外へと脱出した。
荒れ狂う爆炎により周囲は焦熱地獄と化していた。廃墟の鉄骨があまりの衝撃と熱量で溶け出し、次々に倒壊して炎の中に折り重なっていった。
クインダルが額の汗を拭いながら、にやりと笑った。
「クインダルより先頭の第二戦車中隊へ! 現在位置で停止、敵の周囲にある建物を狙って撃て! 瓦礫の下敷きにしろ! 第三中隊は空に向かって結界弾を撃て!」
放たれた無数の砲弾が廃墟を粉砕し、瓦礫に変えてゆく。上空で炸裂した結界弾の効果で、爆炎と爆風と破片が結界の中ではね返ってナツキに降り注いだ。
その間に、青い光――魔力の防御シールドを纏った十二名の魔法戦士がクインダルの周囲に集合した。旧時代後期より集団戦は散開しての行動が基本とされているが、魔法戦士の使う防御シールドは使用者が密集することでより強固な防御力を発揮した。
「全員、抜刀! 魔法戦、用意! 四元素集束攻撃!」
「はっ!」
号令一下、魔法戦士達がサーベルを抜き、クインダルを先頭に楔型の陣形を組む。
四元素集束攻撃――地・水・火・風の魔法を操る魔法戦士が後方に立ってそれぞれの攻撃魔法を繰り出し、強大な魔力を持つ魔法戦士が先頭に立ってそれらを集束させることで魔力を増幅させ、目標とその周囲の大気を消滅させるほどの破壊力を発揮する。
魔力、物理的な力に関係なく、相手の力全てを無力化して存在そのものを消滅させる、莫大なエネルギーを持つ敵に対しての必殺攻撃だった。
一方、クインダル達の後方に位置する戦車部隊の砲撃も止むことはなかった。
ソルカー銃と同様、この時代の魔力砲の多くは魔力結晶を交換することなく多数の砲弾を発射できる。魔力結晶は旧時代の火砲でいう火薬に相当するが、火薬と違い砲弾を発射しても燃え尽きることはない為、口径に合わせて精錬した魔力結晶が一つあれば最大で一千発近い射撃が可能だった。
七十五ミリ榴弾砲を主砲とする征討軍のスラトス2型戦車は、魔力結晶五個に対して徹甲弾や榴弾などの弾頭を合計二百五十発搭載している。
燃焼薬と弾頭を薬莢にセットした砲弾を用いる旧時代の戦車と比較して、征討軍の戦車は搭載可能な弾数が飛躍的に向上していた。また、魔力結晶の粒子と可燃物を充填した七十五ミリ榴弾は半径三十メートル以内の人間を殺傷する高い威力と焼夷効果を持っていた。
戦車一個中隊――二十輌の戦車が絶え間なく魔力砲を発射し、砲弾が次々と炸裂する。各戦車の乗員は呆気に取られたような表情で、それでも正確に射撃を続けた。
常人は言うまでもなく、征討軍小隊指揮官クラスの魔法戦士でさえも数秒で消し炭か肉片になるほどの高熱と爆風が吹き荒れる中、クインダル以下各部隊の精強な魔法戦士は固唾を飲んでその様子を見守っていた。
「いいぞ……! 魔力砲の直射が効かないなら、瓦礫で潰してしまえば」
クインダルの右後方に控えていた歩兵中尉がサーベルに炎をみなぎらせて言った。
「油断するなよ。このまま動きを止め、俺達でとどめを刺す」
そう言ってクインダルが振り返ると同時に、歩兵中尉の姿が光の中に消えた。
「おい、中尉――?」
一瞬遅れて、クインダルは猛烈な衝撃波に吹き飛ばされた。気がついた時には身体がコンクリートの壁を突き破り廃墟の中に飛び込んでいた。空間転移術を用いる暇さえなかった。
炎と瓦礫の中から、何事もなかったかのように銃剣を手にしたナツキが悠然と現れた。
結界の中に閉じ込められ、数千トンを超える瓦礫の下敷きになったはずが、傷一つ負っていなかった。そして静かに呼吸を整えると、大地を蹴って空高く跳躍した。
「イィィィヤアァァァァァァァッ!」
空中でナツキが雄叫びと共に銃剣を振るう。閃光と共に繰り出された袈裟がけの斬撃は巨大な裂空の刃となり、横一列に並んでいた戦車四輌を一撃で大地ごと切り裂いた。
爆発炎上する戦車の群れを飛び越えて、ナツキは音もなく着地した。
「魔法殺しめ……! 榴弾で駄目なら徹甲弾だ! 徹甲弾を撃ち込め!」
生き残った戦車の車長が、防弾ガラス越しにナツキを睨みながら叫んだ。
装填手が厚さ五十センチのコンクリートを貫通する特殊合金製の徹甲弾を装填し、砲手がナツキの胴体に照準を合わせる。この間、僅かに三秒――。
「撃て!」
車長の号令と共に砲手が引鉄を引き、轟音と共に徹甲弾が飛び出す。
発射の反動が戦車を揺るがした瞬間、車長と砲手はガラス越しにナツキと目が合った。
黄金に輝く瞳の美しさに二人は現実を忘れ――そのまま炎に飲み込まれた。他の乗員と同様、自分達とその戦車に何が起きたのか分からずに死んだ。
砲弾を素手で弾き返す人間――銃剣士は、彼らの理解を遥かに超越した存在だった。
前列の戦車小隊が殲滅され、後続の戦車が一斉に後退を始める。
しかし、ナツキがそれを許さない。
「はぁぁぁぁっ……!」
ナツキは静かに腰を落とし、大きく深呼吸した。
黄金の瞳が一際強く輝くと――巨大な光の槍が戦車と装甲車の隊列を一瞬で突破した。
ナツキの銃剣突撃を受けて、途上にあった車輌が乗員諸共一輌残らず粉砕された。
あまりの速さと威力で生じた猛烈な衝撃波に周囲の廃墟が音を立てて倒壊し、攻撃を逃れた兵員輸送車や偵察車までもが横転した。
車輌から投げ出された将兵は地面に叩きつけられた痛みを感じるより早く、目の前に現れた敵の姿に恐怖した。
瞬時に七百メートルもの距離を突破して現れた銃剣士――ナツキは、空気を焦がすような黄金の闘気を纏っていた。
歩兵達が恐怖を戦意で塗り潰してソルカー銃を発射する。
しかし銃弾が届くよりも速く、ナツキが銃剣を振るった。
百名――二個小隊の兵力が一瞬にして、文字通り消滅した。
二十秒に満たない間に戦車二個中隊と機動歩兵三個中隊が殲滅され、部下達が命を散らす悪夢のような光景を、クインダルは呆然と――しかし、はっきりとした意識を持って眺めていた。
車輌の大半を乗員ごと撃破された戦車大隊と機動歩兵大隊に、もはや機械化部隊としての戦力は残っていなかった。
「壊滅、だと……これが、銃剣士……!」
誰に言うともなく口走ると、クインダルは立ち上がって送話器に手を当てた。
「クインダルより各車。全乗員は車輌を捨てて脱出しろ。そして、生き残った魔法戦士全てに告ぐ。直ちに俺の下へ集結しろ。何としてでも……俺達の手で魔法殺しを倒す! 俺達全ての魔力を結集して四元素集束攻撃を行う!」
通信の間にも連続して爆炎が上がり、通話機からは部下達の断末魔が聞こえてきた。